【パロディ】夢十夜(第十三夜)
第十三夜
こんな夢を見た。
六つになる子供と将棋を指している。たしかに自分の子である。ただ不思議な事にはいつの間にか眼が潰れて、青坊主になっている。自分が御前の眼はいつ潰れたのかいと聞くと、なに昔からさと答えた。声は子供の声に相違ないが、言葉つきはまるで大人である。しかも対等だ。
子供は石田流三間飛車をやっていた。自分は居飛車穴熊で固めようと思い、△1二香と香車を上げ、指し手を伝えようとした。
「穴熊にしたね」と目の前で云った。
「どうして解る」と顔を上げ聞いたら、
「そんなことはお見通しだよ」と答えた。
自分は我子ながら少し怖くなった。こんなものと将棋を指していたらこの先どうなるか分らない。どこか逃げられる所はなかろうかと向うを見ると闇の中に大きな森が見えた。あすこならばと考え出す途端に、「ふふん」と云う声がした。
「何を笑うんだ」
子供は返事をしなかった。ただ
「御父さん、つらいかい」と聞いた。
「つらかあない」と答えると
「今につらくなるよ」と云った。
自分は黙って将棋を指しつづけた。やがて穴熊城は完成し、やや作戦勝ちになったと思われた。自分は優勢を意識した。
「これで勝ったと思ってるだろう」と小僧が云った。自分は思っていることを云い当てられて、どきりとした。
「ただ、ここから御父さんがつらくなるのさ。ついでに右銀も引いて四枚穴熊にしてみな」と小僧が命令した。自分はちょっと躊躇した。
「遠慮しないでもいい」と小僧がまた云った。自分は仕方なしに銀を引いて四枚穴熊を目指した。腹の中では、よく盲目のくせに何でも知ってるなと考えながら四枚穴熊を完成させると、目の前で、「どうも盲目は不自由でいけないね」と云った。
「だから指し手を口で云ってるじゃあないか」
「口で教えて貰ってすまないが、どうも人に馬鹿にされていけない。親にまで馬鹿にされるからいけない」
何だか厭になった。早く将棋を終わらせてしまおうと思って指し手を急いだ。
「もう少し局面が進むと解る。――ちょうどこんな晩だったな」と独言のように云っている。
「何が」と際どい声を出して聞いた。
「何がって、知ってるじゃないか」と子供は嘲けるように答えた。すると何だか知ってるような気がし出した。けれども判然とは分らない。ただこんな晩であったように思える。そうしてもう少し局面が進めば分るように思える。分っては大変だから、分らないうちに早く攻め潰して、安心しなくってはならないように思える。自分はますます早指しをした。
雨はさっきから降っている。局面はだんだん不利になる。ほとんど敗勢である。ただ目の前に小さい小僧がいて、その小僧が自分の過去、現在、未来をことごとく照して、寸分の事実も洩らさない鏡のように光っている。しかもそれが自分の子である。そうして盲目である。自分はたまらなくなった。
「ここだ、ここだ。ちょうどこの局面だ」
雨の中で小僧の声は判然聞えた。自分は覚えず固まった。いつしか自玉は必至になっていた。あとは投了するより他にない。たしかに小僧の云う通りつらい将棋になった。
「御父さん、この後だったね」
「うん、そうだ」と思わず答えてしまった。
「天和三年亥年だろう」
なるほど天和三年亥年らしく思われた。
「御前がおれを殺したのは今からちょうど三百年前だね」
自分はこの言葉を聞くや否や、今から三百年前天和三年の亥年のこんな闇の晩に、ちょうどこの局面の後、賭け将棋に負け、かっとなって、石田検校と名乗る棋士を殺したと云う自覚が、忽然として頭の中に起った。おれは人殺しであったんだなと初めて気がついた途端に、子供を背中に負っていて、その子供が石地蔵のように重くなった。