俺は死にたい人
俺は、自殺志願者。自殺を計画する者。
日々自分を殺す方法を模索している。
今日はついに決行日だ。
事前に用意したロープと文庫本を一冊リュックに詰めて玄関を抜ける。
軽い足取りで最後の一杯にと最古の喫茶店に向かう。
窓から眺める人々は互いに行き交い、そのすべての世界を彼らは知らない。
ここに思想犯が一人いることも、ふふ。
水鳥に餌をやっている老人。
待ち合う彼氏彼女。
段差でこける少年。
そんな子供に思いを馳せる。
泣くな、泣いてもどうにもならない。
お前が自分自身でどうにかしなければいけないんだ。
こけたことを道のせいにするのも、自分のせいにして反省するのも、泣き終えてから出来ることだ。
そこで泣いていても何も変わらない。何も。
俺は…
「お待たせしました。カフェオレでございます。」
その声に我に返り、テーブルに置かれたカフェオレをみつめる。
もう一度窓外を見やると一人の青年が少年の手当てをしていた。
そうだ俺は…俺はこけたんだ……
それはもう小さな小さな傷だった。
なんてことないかすり傷。
自分のせいにもしてみたがどうにも悔しくなった俺は、「この道が悪い!」なんて叫んでしまった。
そしたらみんなが振り向くから俺はあとに引けなくなって、俺は……
俺は自分が間違っていないと主張するためにこの方法を選んだんだ。
もう戻ることはできないのかもしれない。
「お客様、こちらをお使いください。」
不意にかけられた柔らかい声の手元にはハンカチが添えられていた。
俺は、泣いていた。
訳も分からず混乱していると、同じ声がまた俺にかけられた。
「あの道、あそこだけ段差があってつまずく人が多いんですよ。」
その人は続けた。
「あれは道が悪いです。だってあれは誰だってつまずきますよ。」
その人の顔を見るとニコリと微笑み、
「もしもこけたら、道のせいにすればいいんですよ。そして、周りの人に起こして貰いましょう。あなたが悪いんじゃないです、だってこける人はいっぱいいますもん。」
そう言った。
ハンカチを手に取り涙を拭う。
「……ありがとうございます。」
その言葉がハンカチに対してなのか、別のことに対するものなのかは自分でもわからなかった。
ただ一つ、窓外を眺めながら思う。
ああ、世界はこんなにも綺麗だったんだと。
水面に太陽が反射している。
涙のせいなのか、それがより眩しく見えた。
カフェオレは程よい温さになったので一気に喉に流し込み、本も読まずに立ち上がった。
本は今日じゃなくとも読めるからだ。
勇み足で外へ出て、自宅方面のバス停へ向かう。
少年はもういなかった。
きっと私よりも早く立ち上がって、公園へでも走っていることだろう。
俺は、自殺志願者。自殺を計画する者。
俺は自殺者ではない。
日々自分を殺す方法を模索している。