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バーチャル美術館から見えた美術館のUXデザイン

 2021年3月にVRChatに美術館(WESON_museum)を作りました。そこには、画家である植村友哉(@Tomoya01U)さんのパラオ共和国に関連した作品を数点展示しています。現在は、毎週土曜日の21時から22時までは、画家本人と私自身も在廊をする形で、来館した方に絵やコンセプトの説明などをしながら、美術鑑賞を楽しんでもらえております。
 そちらに関しては、朝日新聞様に新聞とネット記事にて取り上げていただきました。ありがとうとうございます。

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  以前、VR美術館を作りながら感じたVRのUXデザインについての記事を書きました。そちらは反響があり、いろんなところで読んでいただけたようです。読んだらぜひ意見をください。


あらゆることが「UX」に関わる

 ウェブの世界では頻繁に出てくる言葉「UX」。
 これは、「User Experience」の略称で、UIと合わせて使われることが多く、「ユーザーがそのサービスを通して得られる体験」のことを指します。「UXデザイン」というなら、「体験をどうデザインするか」みたいな感じに砕いた方がわかりやすいかもしれませんね。「UX」という言葉は、認知科学者であるドナルド・ノーマンさんが生んだ言葉で、おれ自身も、バーチャル体験を実装する中で、よりUXのデザインを意識するようになりました。

 多くの人々にとって「UX」はアプリやウェブサイトで使われるイメージがあるようですが、おれはあらゆることが「UX」に関わると思っています。

 特に、xRの分野に関しては、「体験」がひとつの価値になるゆえに、UXの重要性は高いです。

 Webにおける優れたUXを考えるなら、マスに最適化したものをつくるべきです。多くの人にとって最適化されたデザイン、つまりは人間の本質的行動心理に寄り添ったデザインということで、それはスケールメリットにつながってくるわけです。残念ながら、多くのWebサービスやアプリははそうなっていないと思われます。

 次にリアルな場でのUX、今回は美術館のUXについて考えてみましょう。これはデザイナーに限らず、多くの人にとっても大切かつ考えるべきことですが、おざなりになっている印象があります。

 例えば、美術館のUXを考えるなら、

 ・チケット売場は待ちやすいか、スムーズに人が流れるか
 ・会場までの道や展示会会場の順路は快適か
 ・展示を撮影してシェアできるか、あるいは撮影はしやすいか
 ・展示物は人混みでも見やすいか
 ・迷子にならないか
 ・トイレがわかりやすい、綺麗か

 などです。

 美しい空間や魅力的な文章があったとしても、訪問者が望む情報や行動に寄り添えてなければ意味がない。来館者にとってはなにが最優先情報なのか、そしてそのレイヤーが考慮されたアーキテクチャで考えられ、きちんと設計思想が行き届くべきです。


美術館に浸透するUXデザイン

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 大学3年生のとき、おれはひとりでヨーロッパを一ヶ月間貧乏旅をしていたのですが、そのときに訪れた美術館の一つがパリのルーブル美術館です。
 いやー、めっちゃ広かった……。正直、迷子になったりして、同じところをぐるぐる回ってしまったり、目的の作品まで最短ルートでたどり着けなかったりした覚えがあります。当時はUXについて考えてもなかったパリピ学生だったで、道に迷う自分を責めていましたが、今では果たして本当にHuman Erorrだったのか、Design Errorだったのか疑問です。
 来館者の行動は様々で、作品には注意を払わずにベンチに座って単に空間を楽しむ人もいれば、作品を一つひとつ順番に鑑賞していくという伝統的な人もいますが、それらはそれぞれ鑑賞方法のひとつにすぎません。

 美術館のUXデザインで優れていると思うのが、アムステルダム国立美術館です。来館者が真っ先に向かうのは17世紀オランダ絵画の傑作を展示した「名誉の間」。名誉の間にあるレンブラントの「夜警」やフェルメールの作品を見るだけでも十分満足できますが、有名かつ名物作品がわかりやすくインパクトのあるところに設置されているので、来館者は迷うことなく自然に足を運ぶでしょう。名誉の間を出た後は、それぞれの見たい作品の場所へ来館者は分かれていきます。美術館自体が広大なため、全てを鑑賞するには半日くらい費やす必要があると思いますが、館内を効率的に回るために美術館公式の無料アプリが提供されているようです。美術館で見たい作品をいくつか選択すると館内ルートを示してくれるため、順路がわからない来館者にとっては便利で効率的なサービスですね。

 バーチャル美術館を作るに当たって、建築的な観点や空間デザイン、人間の行動心理や認知科学の分野から空間を考えました。そこで見えたのは、美術館のデザインは、展示する作品の選定・展示の構成・館内の導線といった空間に関してだけでなく、アプリ、作品と空間のマッチ率、なにかできそう感、この先になにかありそう感、人がいる集まっている空間がすぐ見える、などの重要性、来館者が美術館を通じて得る体験全てを構築することの大切さでした。

 例えば、バーチャル美術館では、駅から徒歩10分で、みたいな感じでわざわざ地図を開いて会場まで道を歩いていく必要がなく、ワンクリックで入り口にワープできます。そのため、会場までの導線をほとんど考えなくていいわけです。
 会場も芸術家にあった空間を何度も作り直せるため、作品にあった空間設計や、順路の確保もできる。来館者がどこに向かって、どのタイミングでどの作品に出会い、どこで時間を使ってもらうかなどを、多面的に考えることが比較的容易です。ワールドが広すぎても、誘導が難しくなる上に、「まだこの先に作品があるかもしれない」などと思わせてしまって、見せたい作品よりも別の場所に行ってしまう可能性も出てきてしまう。派手な空間にしすぎて作品よりも目立ってはいけないが、バーチャルらしさも欲しい。フィジカルの美術館よりも、より作品への誘導に集中したデザインを考えることができます。

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来館者の誰もが満足できる環境

 VRChatでバーチャル美術館を開いてわかったことが、来館者のほとんどが、「普段は芸術に関心のない人たち」ということです。

 実際のフィジカルな個展であれば、アーティスト周辺の人たちや芸術に関心のある人たちしか個展には訪れません。
 休日に時間とお金があっても、わざわざ「美術館に行こう!」なんて思う人は、ほとんどいませんよね。しかし、「VRでなんか美術個展やってるらしいぞ」と聞いて、家からHMDを装着し、ワンクリックで会場に行けるなら美術館に来る人は多いわけです。つまり、潜在的には芸術に興味はあるが、自分ごとではなかったり、敷居が高いせいで優先度が上がらないから、美術館に行かないのではないかというのが問題なのではないでしょうか。また、いま我々がVRChatで開いている個展では、画家本人が絵の解説をしながら案内をしています。このサービスの提供が、よりバーチャル美術館を訪れる敷居を下げ、新しい体験の提供に繋がっていると思います。

 美術館が抱える課題は、多様なニーズをもった来館者の誰もが満足できる環境をいかにつくり出していくかという点にあります。ただ展示して、館内の導線をひくというだけでなく、美術館が来館者に与えるUXをしっかり考える必要があります。
 特にバーチャル美術館は、芸術に興味関心がまだ薄いユーザーの来館が多いため、より多様なニーズをもった来館者に満足してもらう必要があります。その中で、SFにはならないけど、フィジカルにはできないバーチャルならではのUXの提供と居心地の良さを創造する必要がある。既存の美術館のデザインを横に拡張していきながら、縦にも引き伸ばす感じです。

 芸術家にとっては、新しい表現の場になるべきで、来館者にとっては新しい体験の場になってほしい。それぞれ違ったニーズがある中で、その最大公約数を見つけてあげる必要がある。
 さらに言えば、VRを初心者の芸術家こそ見たことのない風景を見てもらいたくて、芸術初心者のVR民こそ新しい芸術の楽しみ方を体験してもらいたい。だからこそ、SFチックでサイバーパンクなものではなく、来館者が安心して想像できる居心地のいい空間を少しバーチャルで拡張した世界、がちょうどいい感じではないかと、来館者とたくさんコミュニケーションを取りつつ創りながら考えております。

 フィジカルとバーチャル両方に寄り添った新しいUXデザインというものが求められるのでしょう。

 これからも多くの人が理解しやすいデザインのメタファーを探っていきたいと思います。

 

 

 

 

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