マイペースの下にあるプロ魂 スポ根マンガ『あぶさん』⑤
野球好きなら、誰しも好きな作品『あぶさん』(自分の周辺調べ)。そして野球に限らず、スポーツ作品が好きな人にはぜひ読んで貰いたい作品でもあります。
あぶさんは、なぜここまで愛されるのでしょうか? それは普段のマイペースさと、その逆に野球の場面にいる時に見せる厳しい仕事人、というギャップに惹かれるのでしょう。
マイペースな部分を特に感じるのは、やはりお酒を飲んでいる時です。大虎を利用している時は特に、自分のペースでのんびりとマイペースにお酒を飲んでいます。
あぶさん・18巻 第1章「一升五合」
まさかのデーゲームの日に朝まで酒を飲むあぶさん
試合の先日にも飲みますし、何なら試合の直前にも酒を飲みます。その象徴的なエピソードが4巻第1章「アル中仁義」。ここでは試合前にカバンの中に手を突っ込んで、酒を探してますが、電車で知り合ったアル中のじいさんにお酒を渡したため見当たらない、という下りがあります。それを見ていた野村監督は「たまには酒抜きもいいだろう」といって、禁酒を命じます。つまり普段は飲んでるってことかよ。
あぶさん・4巻 第1章「アル中仁義」
またオフの時にも、そのマイペースっぷりは発揮されています。初詣の時に、のんびり大虎にやってきたあぶさん。しかし、サチ子に声をかけられて慌てて立ち上がります。何と契約更改を忘れていたのです。
あぶさん・8巻 第9章
こうしてみると、あぶさんはマイペースであり、どこか抜けている部分があります。契約更改を危うく忘れかけるとか、流石に擁護できん。しかし、これが野球の話になるとガラリと変わってきます。打席に入った瞬間、目にはぎゅっと力の入った真剣な物になり、一球一球に食らいつきます。他のベンチメンバーはもちろん、南海のレギュラー陣を見ても、その真剣さは類を見ません。
これは代打という立場から来ています。代打というだけに、その出番はチャンスの大事な場面ばかり。ファンの目線はあぶさんに注がれ、熱い声援がかけられます。しかし凡退に倒れてしまえば、その声援はヤジへと変わります。特にあぶさんの活躍する昭和の時代であれば、そのヤジは暴言といっても過言ではありません。場合によっては、野球場の外でさえ厳しい声をかけられてしまいます。
あぶさん・17巻 第5章「幻の銘酒」
それがわかっているだけに、作品の後半では若手に対して、一球一球に対する重要さや向き合い方を強く伝えます。そしてその重みのわかるベテランの野球選手達は、一打席のみで勝負し続けるあぶさんに、ただの代打屋に敬意を示しているのです。
そして、あぶさんはそういった声援や期待に応えようと、試合前のフリーバッティングをするなど、黙々と練習に打ち込みます。さらに毎年のキャンプでは、熱心に守備に励む姿も見せます。
実はあぶさんという作品は、スポ根マンガなのですよ。周囲の期待や目標のために、愚直に練習する姿。これを見ていると、普段の飲み過ぎる姿を見ていても「まぁ、今日くらいはしょうがねぇなぁ」と感じます。さらには、逆に酒を飲んでいても「それでも……それでもあぶさんなら、しっかり代打を務めてくれる!」と思うのです。
そして、それは野球だけではありません。あぶさんは作中で、様々な人の"代打"を務めます。例えば地元に帰った時に、同級生が経営するクラブに遊びに出かけます。この時、クラブのマネージャーがヤクザにハメられてしまい、1000万円を支払うか、借金の片にクラブを渡すよう、要求されます。とはいえ流石に1000万円もの大金は払えず、100万円で何とか話を付けようとした時、
あぶさん・2巻 第8章「サンボア」
あぶさんは事もなげにその「代打」を買って出ました。もう、このシーンが本当にかっこいいんですよ。まずはパッと横から100万円を奪い取ると、不適にニヤっと笑い「百万円ってこんなものか」と言い放ちます。そして上の方から10万円だけ抜き取り、後は返却。最後には「悪いけど代打は俺の専門だ」と言い放って、いつものように出て行くのでした。
あぶさん・2巻 第8章「サンボア」
ただの野球選手がヤクザの事務所に行く、といっても、本来なら不安が残ります。しかし、あの景浦安武が代打を買って出たとなれば、もうきっと何とかしてるだろう、と思えてしまいます。
この「きっと何とかしてくれる」というのは、あぶさんの魅力の根底にあります。それがあるからこそ、飲み潰れても、三振に倒れても、あぶさんはなら最後に何とかしてくれる……そういった期待感を持って、作品を楽しめるのです。