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小説 ちんちん短歌 第28話『歌はいいから先へ』

 一歩歩くたびに、胸の傷の毒が体に染みていくのが分かる。よくないものが、じわじわと全身を犯していく。

 つらい。

 つらいが、しかし、つらがるほどにはつらくない。
 この感じ、ああ、前に落ちた地獄で味わった奴。地獄は繰り返すんだな、と思う。繰り返し、繰り返し、繰り返し、無限で、だからつまんないんだな地獄って。新鮮さすらもうないんだなあと、建。
 一気に来るつらさなら、それはきっと、劇的なものになり、感情が強くだろう。もしかしたら、希望にも生きるよすがにもなるのかもしれない。でも中途半端な、ただ下に落ちていくだけの、ぬるい病のぬるい地獄は、何にもならない。物語にもならない。ただの命の消費、体内から、かつて美しく大切にしていたものが、ただ出ていくだけだった。

 そんな状態で、詩や、短歌は、何もならなかった。

 何にもいい事はない。
 ただただ、不快な気持ちで、一歩一歩。歩くというより、前方に倒れ掛かけるのを、ただ足で止めて、それの繰り返し。
 これは、進む、ではない、と、建は思う。

「休憩しましょうか」
「休憩するのがいいね」

 救いは、異民族のケロケロの二人が、すごくいい奴だった事だ。

 ケロケロの二人は、あれだ、別に毒に侵されている建を背負ったり手を添えたりなんてことは、しない。
 距離感。あくまであんたと私たちは、違う。助けるのは筋違いだよ、という距離感。
 でも、二人は基本的に上機嫌で、押しつけの無い感じの笑顔だった。

「私もね、休みたかったから、休むんですよ」
「常陸娘子の集落は小島ですから。どうせ道中、船をチャーターせにゃならんですから、別に早かろが遅かろがどうでも同じですから」
「もう少し行けば、船ですからねー」

 そう言いながら、間接的に建を励ます。
 二人にとって、どうせ建は別に死んでも生きてもどっちでもいい。
 でも、親切で。でも、親切すぎず。ただ上機嫌という無関心さに、建は救われた。
 これから先、死んでいく人と接する時、俺もこうありたい、と建は思う。いや、もう死ぬのだろうから、そんなことを想っても仕方ないけど。

 ケロケロのケロッピが大樹を背に、ゆったり休み始める。と、ケロケロのクロッピの方が、無言で獣道の脇の茂みに入り、しばらくすると、竹筒を調達し、しかもその中に水も入っている。
「沢がねー。近くにねー。……あったんですねー」
 そういう連携なんだ。クロッピは建にも水を渡す。二人はクックッと水を飲む。こういうサバイバルレンジャーみたいな事は、二人はとても得意なのだろう。
 建も水に口をつける。おいしい。ぬるい地獄に、ぬるい水。中途半端な救いだ。どうせ絶望するのになあ。

「……」
「……」
「……、……。」

 三人は、なんとなく黙っていた。
 建はもとよりしゃべる元気はない。建がいなければ二人はもしかして、楽しく話すのかもなあ。俺、死んだほうがいいんだろうなあ。消えたいなあとも思ったが、どうもケロケロの二人は、思ってたのとはちょっと違うらしい。
 ケロッピとクロッピの二人はしばらく、なんとなく目くばせあっているが、しかし、なにかしゃべろうとして、口にはしなかった。
 よく見たら、しゃべりたいオーラが、なんか出ていた。
 じわりと、全身から、建と話したい感。でも、距離感破ったらまずいよな感。
 それに気づいて、建。

「あの……。あー……。」

 なんとなく声をかけてみた。すると、ケロケロの二人、クッと顔をこちらに向ける。
 異民族って感じの顔。赤く、口ひげも濃く、目玉が大きい。

「ケロケロの……「毛野」というクニには、うたは、ありますか?」

 そう尋ねると、二人はとても顔をほころばせた。

「私たちのクニは、またの名を歌と踊りのクニと呼ばれています。私たちの生活には、常に詩歌で溢れています」
 ケロッピが楽しそうに答える。クロッピがすかさず補足をいれる。すごい速さだ。
「今、私たちはゆえあって三集落に別れていますが、1年ごとに、その集落で持ち回りで、歌劇をうちます」
「そうやって、ゆるい連合を保ってるんですよ」
「戦の代わりに歌劇で戦ってる感じなんですよね。どの集落が一番面白いか、みたいな。まあまあ、仲わるいんで、いうても。蛮族なんで(笑い)」
「今年は我々の集落が演劇を担当しているのですよ」
 そうなんだ。

 彼らが自嘲するように、建も二人の事を蛮族と思っていた。農業よりも狩猟と採集が中心で、ウホウホ言って槍を持ってる。そんなイメージだった。だが、どうも違う。部族間の仲の悪さを、持ち割りで演劇をする事でいさめ、文化でつなぎとめているなんて。
 彼らの故郷には石づくりの舞台もあるという。そんな立派な施設は、ヤマトにはない。そんな文化の高い事、ヤマトの人々の意識ではあんまりない。

「今年は、『我が王、いかにか妻を娶りしか』、を語り歌い舞う事になっています」
「私が王を演じるのです。今年は」
 と、クロッピ――ちんちんが二つある男が胸を張る。
 へえ、と建。へえへえ、という感じ。へえ、以上のあれはない。

「……建さんも、ナラですごい詩歌の人と聞きました。ツクバの村人全員すごいと言ってます。兎麻呂さまもそう言っている」

 なんだそれ。うれしくないと言えばウソになるが、なんだろうな、そんなことないんだけどな、みたいな薄ら顔をしている建。だが、二人はそわそわし、ついに意を決した顔で、ケロケロのケロッピ。

「ちょっと、見てもらえませんか。私たちの歌劇。……見て欲しいんです。部族の身内じゃなくて、外の人が、私たちの劇、どう思うかどうか……」

 えー……。

・・・・・・・・・・・

 迷当梅全呼(メイトウヴェイゼンコ)は、渤海王キツ(乞乞仲象)の末子であった。キツ王は狂っていたが威厳があり、権威があった。佞臣たちはこびへつらい、子らもこびへつらい、そのため、キツ王はますます狂った。
 迷当は、こびへつらいを拒否した。キング・キツは我を讃えよと迫ったが、「口にするべきことは何も」と、口にポンマケを咥えて踊った……。

・・・・・・・・・・・・・

 というストーリーを、突然やりだすケロケロのクロッピ。迷当大王というのが、彼らの王の名前らしい。

「♪ポンマケ、咥える、メドヴェーゼンコ、
 ♪ポンマケ、咥える、メドヴェーゼンコ。
 ♪その真実や犬。父を慕うは子の務め。
 ♪されど我、ポンマケ咥える……。」

 クロッピは口になんだかよく分からないものを咥えた演技をしながら、なにか歌っている。建のために、ヤマトのことばで演じてくれているようだが、そのためリズムが致命的に狂って、本来の音階でまったく歌えていない。

「あのう……”ポンマケ”とはなんですか?」
 建は演出家っぽく座るケロッピに小声で尋ねる。
「あ、ピロシキです」
 ピロシキってなんだろう。

・・・・・・・・・・・・・・・

 迷当の婚約者のアヒーリャ。彼女は貞淑で、美しく、ただし愚かであった。父王の迫害から逃れるためポンマケ咥えて踊り狂うフリをした迷当を、本気で狂ったと思い込み、ついには川に飛び込み自殺してしまう。嘆く迷当。

「……ここにありますか、あることがないですか、疑問です。残酷な運命として投げられる礫石を我慢してこそ人ですか。それともやはり殺しましょうか。その死は、ねむりにすぎませんか……?」

・・・・・・・・・・・・・・・・

 なんか長い歌のような語りが始まる。蝦夷の言葉を、多分直訳だから、なんか分かりにくくて内容が全然はいってこない。すごく複雑なレトリック使ってるみたいだが、要するに「つらいなあ」って事を、言いたいのか。

 それが……、長い。長い長い。長い長い長い。長い。歌が、セリフが、ずっと長い。
 なんだか知らない人になり切っている、よくわからない人が、なんだかよく分からない事をずっと言ってる。つらいのは、わかった。歌はもういいよ、話を先に、って思う。

 ――以後、長い劇の内容が延々と続く。面白くないです。

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 迷当は婚約者の死に苦しみ、その死体を抱えて森をさまようと、魔女がいた。

かっこいいことはなんてかっこうわるいんだろう。かっこうわるいことはなんてかっこいいんだろう……。お前はもう、女の股から産まれた者とセックスはできない。山が動かぬ限り、セックスすることは二度とない」と予言される。

 わけのわからぬことを、そんなこと言うなら、と迷当はその魔女を犯そうと飛び掛かる。迷当のちんちんは大きかった。それは、あまりに巨大で硬すぎた。犯された魔女は腹を貫かれて死んでしまった。
 婚約者のアヒーリャはまんこが大きく、慈愛の包容力を持っていた。だが、彼女を失くして以降、迷当を慰めるものはもういない。

 しかたなく迷当は、生まれた国を捨て、旅に出た。狂王の迫害を避け、女の股から産まれなかった女を探して。セックスがしたい、と思って。

 生国のウラジオストクから山を越え、海を渡ってカラフトに至り、その間、女を犯し続ける。
 そのたびに、殺してしまう。
 かなしい。
 ちんちんを立てたまま女を殺す自分の姿は、たまらなく情けない。
 しかし、女を殺すことで、クズで死んだほうがいい男たちからは賞賛を受けた。
 なんてかっこいいんだ、女を殺すなんて。

 いつしか迷当のまわりには、毛むくじゃらの屈強な女嫌いの、死んだほうがいい男たちが、ゾンビのように侍るようになる。
 そして迷当は、迷当大王と呼ばれるようになっていた。
 男たちがワッショイショイと迷当を輿に担ぎ、おみこしする。自ら動くことなく、山を越える迷当。
 その目には、景色であるはずの山の方から動いてきたかのようにも見えたが。

 しかし迷当は嘆き続けた。おみこしはいいいい。ちゃんとセックスがしたい。こんなこと、かっこいい事ではない。殺すではなく、ちゃんとちんちんを使いたい。
 いないのか、女の股から産まれたことのない女は。

 やがてカラフトからエゾに入り、海をまた渡り、ムツと呼ばれる地に至った。

 そのころ、ムツを支配していたのはキミコフ(君子部)という男で、聡明な王であるが、慎重で臆病者でもあった。
 ある時キミコフはセックスし、女をはらませた。すると、魔女が現れ「産まれてくる子はキミコフよりも知恵があり、キミコフよりも強く、キミコフより素晴らしくなる」と予言する。
 生まれてくる子を恐れたキミコフは、孕んだ女を殺し、食う事にした。殺し、ゆっくりと食べ、食べきったころ、頭痛がする。すっごく痛い。頭、痛い。

 すると、キミコフの頭が割れて、一人の女が生まれた。父の頭を、内側からぶち当たって生まれ出た女。その名をアテネ(当テ女)と呼ばれ、生後3日で死んだキミコフの領地をまとめ、男王の父により不当に虐げられていた女たちを救い、その地位をあげ、統率した。

 迷当は、アテネの話を聴き、興味を持つ。女の股から産まれなかった女。セックス相手にふさわしい、と。
 そうして海を渡り、北からやってきて殺戮の限りをつくしていた迷当は、アテネに接見する。
「私は日に1000の人の女を殺してきた」と自慢する迷当。
「私は孕んだ女のために、日に1500の産屋を建てた」とアテネは返す。
 ぐぬぬとやりこめられた迷当はしかし、アテネを素晴らしい女だと思い、ちんちんを出した。
 一方、アテネのまんこは生まれつき甲冑のようであり、どんな矛でもつらぬかれないと自負していたが、迷当のちんちんは鋭く、大きく、強く、硬かった。アテネはとうとう処女を貫かれ、迷当と結婚した。

 以後、二人は「毛の蝦夷」として君臨し、ヤマト朝廷と緊張状態を維持し、迷当はヒムタカミ道主を名乗ることになる。
 そして最近、迷当とアテネの間に子が生まれた。その子はアテネによって、アテルイ(阿弖流為)と名付けられた。

 アテネは結婚後、ずっと黒い服を着ていた。ふと、迷当は尋ねる。

「あなたは、いつも黒い服ですね。なんでだ?」
「我が人生の、喪服ですから」

 そこで迷当は、彼女に真紗の衣を送った。
 喪服を着る事なかれ。我と共にある時は、真紗の方であれ。
 いつしかアテネは人々から、マーシャの方と呼ばれるようになった。

(Fin)

・・・・・・・・・・・・

「終りでーす」
 と、クロッピは礼をした。
「は?」
 劇が終わったらしい。

 意味が分かんなかった、建。
 もうずっと、知らない外国の人がいろいろする話、全然頭にはいってこない。そして、長い。本当に長い。何度も顔を下に向けた。穿いていたアフリカンパンツの中のちんちんも、建と一緒に下を向いていた。
 そして長いお話のオチも、全然意味が分からない。

「……どうでしたか?」
 クロッピが、伏し目がちに、しかし、いい顔で建に尋ねる。

「……。部分部分……いい感じのセリフが多かったですね。あの……『明日、明日、また明日と、小刻みなステップで一日を歩けば、いつかは歴史の最後の時にたどり着く』。あれーああいうの……かっこよくて気持ちいいですね。漢土にもない言い回しですよねー」

 建はもう、部分褒めしかないなあと思った。たしかに、部分部分かっこいいし、まあ、練習してんだなあって感じは分かる。

 でもトータルで見て、何も楽しくなかった。何もおもしろくない。ただ長いだけの話。

 演劇ってつまんないな、と思った。心からそう思う。
その点、短歌はいい。短いからだ。だから、つまらなくても一瞬で終わる。死ぬなら一瞬がいい。

 演じていたクロッピは、晴れやかな顔を向けている。演劇をやる人って、自分でわかんないのだろうか。つまらないという事が。恥ずかしくないんだろうか。建の、全身から発せられる「早く終わってほしい」というリアクションを肌で感じなかったのか。

「この話には続きがありまして……」
 この歌劇の演出を担当しているらしいケロッピが建の耳元に寄ってくる。
 いや、いいです、裏設定とかいいですそういうの、と建が思うより前に、ケロッピはくどくどとさらに話しかけてくる。

「我が王、迷当は今、ヤマトの藤原の懐柔を受け、官位を貰いに単身ナラに赴き、集落にはマーシャ様が一人残されているわけです……。
 それで王は帰ってきません。藤原に殺されたのかのかもしれません」

 ああ。

「そしてマーシャ様は、ヤマトの言葉で歌を詠いました。
 うちひさす みやのわがせはやまとめの ひざまくごとに われを わすらすな  と……。」

 短歌、だ。
 不意に、建の目の前に、色彩が灯った気がした。

「……今から向かう、常陸娘子の村は、そのマーシャ様のおわすところ。
 アテナ・マーシャ様こそが、常陸娘子の首領であり、我々は、同族にもかかわらず、マーシャ様にお仕えするその常陸娘子を殺してしまった、というところなのです」

 ようやく、建は、この二人がただ劇を見せただけではないことに気づく。
 自分に、関係していたんだ。
 自分を、これから殺すかもしれない人間の半生を、俺は、見ていたのか。

 そのとたん、先ほどの劇が、話が、登場人物たちが、一斉に自分を見つめているような気がした。
 あれほどつまらないと思っていた劇の断片たちが、建の身体のあちこちで疼きだす。

「うちひさす、宮の我が背は、倭女の、膝まくごとに……我を、忘らすな……」

 劇の中の人が詠ったという歌を、つぶやいてみる、建。
 弱っている体にに、静かに神経を走らせ、ふっと力を抜きつつ立ち、正しい立ち方で、もう一度、口にしてみる。

うちひさす宮の
我が背(夫)は
倭女の膝まくごとに
我を
忘らすな

 あめつちが動く。
 クロッピとケロッピも、その建の発した歌の中に入った。
 先ほど演じられていた場の、演技の余熱も、すべて巻き込んで、その歌の中に入り込んだ。

 一見、軽い歌にも聞こえる。
 奈良の都に行った夫が敵国の女に膝枕されるたび、「おい、私の事をわすれんじゃないよ」と妻が制するという、ほほえましくも軽い歌――にも思えたが――。

・・・・・・・・・・・・・・・・

 マーシャは、ナラの都を想った。
 ナラに行ってしまった夫を想った。ナラの都で、ヤマトの女に膝枕され、だらしなく懐柔されている夫の姿――そう、あってほしいと、祈った。

 殺されているのではなく。

 夫は性にだらしないから。都はいい女が沢山いるから。だから、帰ってこないんだ、と。
 都。
 そう都、都、都――。
 蝦夷の言葉で、都の事を「モスクワ(母主川)」と称する。
 モスクワ、モスクワ、モスクワへ――。

 聡明なはずのアテナ。知恵もよく、力もあり、すばらしいアテナは、いつの間にか自分を守り、武装をしていたはずの喪服を着なくなり、”マーシャの方”として、生活に慣れてしまっていた。そして、疲れてしまっていた。
 何一つつまらない粗暴な男。それでも彼からは愛された。
 夫であり、王であり、それなりに野心のあった男。
 彼は今、敵国の権力者に媚を売るために、モスクワへ出向いていく。

 ――そう、敵国に媚を売らせようとそそのかしたのは私だ。

 野心家の迷当に策を授け、ヤマトのモスクワに、和睦の使者として王を赴かせたのは毛の蝦夷の軍師たる私……。

 迷当がヤマトにて官位を得るもよし。殺されたとしたら、ムツを中心とした上毛野(こうづけの)、下毛野(しもづけの)の三群が結束する大義ができる。
 そして、その対ヤマト蝦夷連合を率いるのは、殺された王の直系であり、王の喪主を務めるであろう“大墓公”たる我が子・アテルイになるだろう。

 大王夫人は、日に何度も手を洗っていた。
 一滴も流してもいないはずの血が消えない。
 アテナは、マーシャは、大王夫人は、もう眠れない。
 我が子のために夫を敵に殺させる妻。ああ、この手は二度と綺麗にならないのかしら。

 やったことを思い出すぐらいなら、ぼんやり我を忘れている方がいいのか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「忘らすな」
「我を、」
「忘らすな……」

 建は何度も歌を反芻した。反復して、口にした。
 歌を口にしながら、先の劇の続きが、建の身体のあちこちから生まれては消えていく。
 この歌の、ただ言葉のそれだけでは、絶対に出現しえない物語たち。
 建はその物語を、歌いながら抱く。

 ――わからないだろうな、誰にも。この歌を、ただ覚え、ただ身に沁み込 ませ、誰かの前で舞ったとしても。
 そしてそれは、誰かにとってつまらないだろう。別に、関係が無いから。多くの人にとって、劇は、フィクションは、歴史は、誰かがここにいたという事は、関係が無い。
 関係しないかぎり。誰かにとって、劇は、長くて、つまらない、夢のようなもの。人の見た夢ほど、第三者にとって、つまらないものはない。
 
 それでも、纏いたい。
 外に出さずには、いられない。死という眠りの中で見た物語を。

 言外のイメージや感情を風に纏わせて、建は言葉を発しながら、無言で、物語を漂わせた。

 未知の短歌に、また出会ってしまった。建はそう、思った。

うちひさす宮の我が背は倭女の膝まくごとに我を忘らすな
(詠み人知らず)

(巻14-3457)


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