元でんぱ組.inc 根本凪の「パニック障害」告白についてメンタル弱者が思うこと
"しにたい"から"いきたい"
2025年1月9日、元でんぱ組.inc、元虹のコンキスタドールの根本凪さんが、Xにて以下のようなポストを投下しました。
その「全部書きました」との内容のnote記事が以下。
「"しにたい"をどうしたら"いきたい"にできるか 考えながらこの文章を書いています」
そんな書き出しから始まるnoteから一部抜粋。
上記抜粋部分以降は「VTuberとして活動しながら心の平穏を取り戻し、清竜人25のメンバーとして再び表舞台に本格的に舞い戻る」という内容に続きます。
外からは順調に見えていても、小さい「ムリ」や「イヤ」は、見ないふりしていても徐々に積もり積もっていきます。
ただ、世の中の多くの人はその「ムリ」や「イヤ」を「得られる報酬」や「強靭なメンタル」でねじ伏せたり、「諦念」で付き合ったりして生きています。
それが「生きる」ということなんだろうなと思います。
でも、
じゃあ、それが出来なかった人は?
生きるべきではない?
そんな問いが、根本凪さんの書き出しの言葉、「"しにたい"をどうしたら"いきたい"にできるか 考えながらこの文章を書いています」に続く気がします。
メンタル弱いなりの生き方。
一度折れてしまってからの再起の仕方。
そういったことが書かれているように読み取れました。
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以降の文章は、日々のストレスと上手く付き合えてる方が読んでも一ミリも共感できず苛つくだけかも。
メンタル健全で楽しくアイドルオタク活動やアイドルシーンでの運営が出来てる人はここから先読まない方がいい可能性。
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3足のわらじの根本凪
「でんぱ組.inc」という存在は、初期は「生きるのが下手な弱者、マイノリティーの集団が、当時混沌としていたアイドルという世界の中で腹を据えて開き直って傷つきながら居場所を掴んでいく」という雰囲気(あくまで雰囲気。それを明確に打ち出したのは「W.W.D」「W.W.D II」が主であり、全活動を通じても決してそれが主軸というわけではなかった)があって、それは「オタクで陰キャな子たちがpixivという漫画、アニメというソフトコンテンツを通して社会勉強をし、アイドルとして大きく成長していく」という虹のコンキスタドールのコンセプトと絶妙にリンクしていました。(どちらもプロデューサーが福嶋麻衣子氏)
そして当時「虹のコンキスタドール」のメンバーだった根本凪さんは、元ベボガ!の「ぺろりん先生」と共にでんぱ組.incに加入します。
ぺろりん先生も生きるの苦手勢であることは間違いないんですが、彼女には「アイドル界屈指のタフなメンタル」と、当時すでに人気を得ていた「時事ネタいじりイラスト」という地盤があり、繊細でほんわかタイプな根本凪さんとは間逆なタイプでした。
そんなニコイチの加入は、かつての「もがピン」(生きるの超苦手勢の最上もが&純粋な少女だったピンキー!の同時加入)を彷彿とさせるものでもあり、プロデュース側としてもそういった狙いがあったんだろうなと思います。
さて、ここから根本凪さんは「でんぱ組.inc」、「虹のコンキスタドール」、「ディアステージでのお給仕」という三足のわらじで活動していくわけなんですが、ほら、そこは我ら(勝手に「我ら」とくくって申し訳ない)メンタル弱い生きづらい勢。正直一個のことですら続けるのきついです。
それを一気に3つも。
さらには各グループのレーベルだったり、スポンサーや広告代理店だったり、様々なメンバー、同僚、OG、オタク、各種メディア関係者などと関わりながら生きていかなければなくなったわけで……。
自分なら無理。
でんぱ.incの解散ライブの時にも、とてつもなく膨大な量の「関係者」のポストがXに溢れてて、普通の人なら「こんなに多くの人に愛され、支えられてきたでんぱ組はホント最高だ!」と思うであろうところ、自分のようなガチ生きづらい勢のクソ陰キャ弱者は「うわぁ……こんなに多くの人と関わって生きていくのほんと無理……」と引いてしまう部分があるわけで。
それくらい生きるのが下手。
人としてのキャパシティーがお裁縫セットレベル。
だからこそ、もはや人生の「強者側」となってしまっているでんぱ組.incという存在の中にいた「根本凪」に思いを寄せてしまう部分があります。
というか「虹のコンキスタドール」はメンタルボロボロになって辞めていくメンバーが多すぎ(特に自分は陶山恵実里オタクだったのでなおさら痛感)です。
根本さんも、でんぱ組に入る以前の虹コン時代からダメージが蓄積されてそうな感じはします。
さて。
と言っても誰を責めてるわけでもなし。
メンタル弱者への理解を求めてるわけでもなし。
ただ、一回ポキっと折れてしまう。
これは誰にでも起こり得ること。
じゃあ、折れちゃった場合どうするのか。
どう「"しにたい"から"いきたい"にできるか」。
それを最後にまとめます。
逃げろ
逃げろ。
ゆるめるモ!の曲のタイトルです。
逃げていいと思う。
環境を変えて、ゆっくり休めばいいと思う。
逃げて、
折れたマストをゆっくり補修して、
一旦立ち止まって、
行き先を軌道修正して、
自分なりの「生きやすさ」を見つけて、
そして「"しにたい"から"いきたい"に」
徐々にシフトさせていけばいいと思う。
VTuber。
清竜人25。
向いてると思う。
いいと思う。
別に「いきたい」まで振り切れなくてもいいと思う。
「しにたくない」でいい。
今でもずっと『平成墓嵐』の舵木まぐろさんのことは胸につっかえてるし。
仮に「自ら命を絶つという表現手段」を選んだとしても。
この世界に意味なんかないと思ったとしても。
そうするべきだと思ったからナチュラルにそうしたとしても。
遺される側はほんましんどいから。
逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて逃げて。
せめて
"しにたい"から"しにたくない"
になるまで逃げた先で癒やされてほしいなぁ。
という願望。
根本凪。
彼女の「逃げ」から「いきたい」への進路転換は彼女の人生において最良の選択だった気がするし、VTuberも清竜人25加入も、これまで彼女が傷つきながらも頑張り続けてきたからこそ周りの人が手を差し伸べてくれて得られた結果だとも思うし。
この「走れ!」と「逃げろ」がちゃんと出来てる根本凪の「いきたい」は、この先もしっかり続く気がします。