なぜ地下アイドルは全通しちゃいけないか、それは全通してみないと分からない
あけましておめでとうございます。こちらの記事を新年1本目にしようと思って年明けすぐに書いていたのですが、1/4のピンクペッパーが良すぎたので後回しになりました。昨日突発的に行ってしまって、公開するのはこのタイミングがピッタリかなと思いました。
このテーマでずっと書きたいなと思っていたのですが、2025年同じ過ちを繰り返さないためにも、懺悔や自分への戒めの意味も込めて書いていこうと思います。
2025年の自分の行動方針になるかなと思います。
※個人の感想なので、そういう人もいるんだなと思ってみてもらえれば幸いです。
全通していた頃の自分について
私のTwitterを見ている人であればどのアイドルのことを指しているのか、すぐわかると思いますので、あえて個人名は出さないでおこうと思います。
そのほうが読み物としての雰囲気出そうだし。
初めてそのグループをライブハウスで見て、1曲すごく心に残る曲があって、その翌日またそのグループを見に行っていました。
その現場でその子と初めて話をして、自分の中に刺さるものがあって、そこからそのグループに通うようになっていました。(これも詳しくはnoteに書いてありますね)
2023年から2024年の4月ごろまで、一時運営の体制がぐちゃぐちゃになってた2ヶ月くらいを除いて、毎月1、2現場に行けないくらいであとはほぼ全部行ってました。
7月末頃〜翌年3月末くらいまでは、能登半島地震で新幹線が動いてなくて行けなかった1本を除いて全通していたはず。今見てみたところ、1ヶ月で多い月は二十数本、後半の方は10〜15本くらい行ってたみたいですね。
仕事はちゃんとしていたので、ありがたいことにかなり融通きかせてもらって、ライブの予定が最優先、その隙間時間に仕事する、みたいな生活でした。
好きな人のためだったら、できる限り行くのは当然でしょって思ってたし(今も思ってますが)、現場にそんなに来ないのに批判してくる人が嫌いすぎて、ああはなりたくないと思って通ってたのもあります。
全通してよかったこと
まず、数えきれないほどの思い出が出来ましたね。遠征も毎回行ったし、メンバーが新幹線に乗り遅れるトラブルとかもありましたね。本当に懐かしい。
毎回行ってるとそんなに話すこともなくなってきますが、話さなくてもなんか通じてるものありそうな気がしてたし、似てるところも沢山あったし、隣りにいるだけで心地よかったですね。毎回誰かいるのって多分すごく安心できる要素だったのかなぁ、って振り返ると思います。安心感を与えられたのはよかったかな。
あと、陰キャの私からすると結構想像できないことですが、毎回現場にいたおかげで、いろんな人と話すようになりました。それも毎回現場に通う楽しみの一つになっていました。
離れてみて【全通】に対して思うこと
タイミングは突然訪れました。あることがきっかけでその子に行くことは無くなりました。(これもnoteに書いてありますね)
あれから8ヶ月以上経ちましたかね。冷静になって振り返ることができるようになって、彼女にも年末最後に突然消えてごめんなさいと伝えられるくらいにはなりました。
そこで思ったのは、全通ってやっちゃだめなんだということです。
・推し事以外に使う時間がない
よっぽど実家が太いとか資産を持っていない限りは、仕事をしなければ生活は成り立ちません。
あの時の自分のスケジュールもライブと仕事以外のことがほとんどなかった。ちゃんと休む暇もなかったように思います。
・依存になってたかも。
それと、お仕事と推し事しかしてない自分ってなんか人間的に薄くなってたんじゃないかな、って感じるところもありました。同じ曲ばっかり聴いてたし(それは全然苦にならないけど)、何が流行ってるのかとかも全く追いかけてなかったし。その二つしかない自分って中身軽くない?っていうのもなんとなく感じたところです。
多分、全通することが一種の依存症的なものになっていた可能性があると思います。自分のスケジュールとか考えなくていいしある意味楽なんですよね全通って。全部合わせるだけでいい。
・ゆとり、余裕がなくなる
時間もないし、他のことを見る気もなかった私は今思うと心のゆとりとか余裕というものが著しく少ない状態でしたね。全然休息もなくて、そのせいで体調崩すこともありましたね。
あの日の出来事自体は全然些細なことだし、ちゃんと自分自身にゆとりがあれば何も起きていなかったような気がしてます。
あと、相手側からしても毎回来てるからなんでもいいって思われていた側面もあるのかな。そんなことはないとは思ってますが。
でもね、これって全通しないとわからないんだよな。やっぱり失敗して学ぶことって大きいと思う。
依存にしない:今年の自分の行動方針
今、東京から大阪に通う生活を一年ほど続けてみて振り返ってみると、あの頃の自分ってあまりにも自分を犠牲にしすぎていたような気がします。
ずっと推しだと思ってたのに、それを続けられなかったのは今でもちょっと心残りです。もう気持ちの切り替えはできましたが、そういうことはもう繰り返したくない。今の2人は最後まで推し続けたいのでね。
好きな人のために自分の時間とかお金とか使うのは当然なことだっていう思いは今でも普通に持っていますが、それにも限度があるよね、って思います。0か100かになりすぎてしまうのが自分の良くないところなので、50とか60とか70とか、程々の加減を学習しないといけないですね。多分あの頃は全通することが一種の依存状態だったと思います。その依存がひょんなことから切れてしまったっていうことなんだろうな。
幸い今は距離が遠いので、頻度はある程度抑えられているのですが、それにしても突発的に行ってしまうことも何度かありました。昨日も行っちゃったしね。
今年引っ越して、前と同じことにならないようにするためにも、最後まで今の推しの子たちを見守るためにも、節度を持ってピンクペッパーを楽しむのが今年の目標です。