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MRSAという大敵

 先日の発熱と体調不良は、「MRSA」という菌に感染したことが原因のようだった。

 聞き慣れないアルファベットの羅列だが、「耐性の強い黄色ブドウ球菌」と医師から噛み砕いて言われて、少し馴染みが出てきた。

 黄色ブドウ球菌と耳にし、小学生の頃に手洗いの励行に努めるよう教師から口酸っぱく言われた時のことを思い出した。また、調理師免許の取得のときにそのような菌の名が頻繁に出てきたことも思い返された。

 MRSAは正しくは「メチシリン耐性黄色ブドウ球菌」という。今は患部である尻で悪さをしているが、菌が血液に乗って全身に蔓延すると、所々で何らかの悪さをし、臓器などに感染すれば致命傷にもなりかねない危険で厄介な菌らしい。

 そうした観点から、入院して点滴で徹底的に菌の死滅を図るのが最善と判断された。僕自身も、熱っぽい体を引きずりながら仕事に出て、注意力散漫なまま周りに迷惑をかけることも避けたかった。

 10月1日に異動したばかりで新しい職場にも同僚にも慣れてないというのに、早速入院で穴を開けることも後ろめたかったが、完全に直して復帰してから、いくらでも挽回できると開き直り、入院を決意した。

 僕の長期入院は一度や二度ではなかったが、一人息子が家からいなくなることをやはり両親は不安に感じていた。

 バタバタととりあえずの着替えや療養の間に読む本などをバッグに詰め込み、父親と病院に向かった。僕を下ろしたあと、父親は僕の車を自宅に持ち帰ってくれた。

 病棟に来てみると、相部屋でリクエストしていたにもかかわらず、個室へ案内された。人から人への感染はないとはいえ、同室の患者にも不安を与える恐れもあるから病院側で隔離の配慮をしてくれた。もちろん個室の別途加算はないが、その分部屋から出ることはかなり制限される。

 そういえば全豪オープンで錦織圭がオーストラリアに入国したときも、コロナ対策のために長い間ホテルに監禁された。もちろん他の選手も同様の対処がなされていたが、監禁生活でモチベーションや体力を維持することが難しかったと、彼は語っていた。

 トイレも洗面台も冷蔵庫も完備された個室に閉じ込められた僕は、少しだけ彼らの気持ちがわかるような気がした。

 限られた設備の中で如何に精神的な健康を維持できるかを考え、ベッドサイドにあったテーブルを窓際へ移動した。部屋の中では白い壁と白い天井、ドア越しに聞こえる看護師や患者の会話に辟易としてしまう。窓からは山々の緑も見えれば、遠くに海も見えた。道路を走る車や人の流れを見ているだけでも気が紛れるし、何より陽光を浴びることで身体のリズムが整えられるような気がした。

 黄色ブドウ球菌などに感染したことも初めてだったが、恐らく加齢とともに体調や体質が変化し、抵抗力も弱まってきているのもしれない。今までそれなりに体力づくりや栄養管理に気を配ってきたつもりだったが、それでもこうして感染してしまうのだから、悔いたり悲観したりするのではなく、やはり「老い」なのだと開き直るしかない。

 入院生活を楽しむ、とまではいかないだろうが、こうした非日常生活に身を置くことも人生の中でなかなか巡り合わない。だから、治療に専念しつつ、この時間を無駄にしないように努めていこうと思う。

(了)

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