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妖変の祓い

妖変の祓い 宇治拾遺物語
 朱雀院の御代のことという。

 天に妖変が現れた。
 大将星が月を犯したのである。
 これは月がありえないところにあり、星に近づくことを犯といった。
 これが起こると、宮廷の将軍に災難が起こるという。
 当時、朝廷には、左大将右大将のふたりがいた。
 陰陽寮からふたりの将軍に、何か災難が近いので、しっかり身を慎まなくてはいけないという連絡があった。
 
 右大将だった小野宮案頼は、この報告を受けて春日大社や輿福寺などでお祈りをした。

 一方、左大将枇杷仲平はお祈りどころか、普段と変わらず何もしなかった。

 二人はともに藤原氏の流れを汲む貴族で、親類であり、共にそうしたおりの対処はよくしっているはずだった。

 左大将に普段から祈祷を頼まれていた東大寺の法蔵僧都は、右大将がお祈りしているのを聞いて、自分の所にも依頼が来ると思って待っていたが何の便りもない。

 法蔵は都に上り、左大将に会って、理由を尋ねた。
「このように来てくれたのはうれしいが理由があるのだ。
今回の天変、必ず災厄があるという。
もし僧都に頼んでしまえば、私には災厄はこないだろうが、そうすればその難はどこにいくであろうか。まだ、若い右大将が受けることになる。
帝の、朝廷のことを考えれば、もう年寄りの私に災厄があった方がよい」
 これを聞いた法蔵僧都は、涙を流して、
「これは百千万のお祈りに優ることだ。御仏もきっと加護してくださるだろう。ですから、お祈りをなされなくても、恐れることはないでしょう」

 左大将はその後も、病気になることもなく、七十歳になるまで朝廷で地位を得たという。

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