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夫のファンレター代筆騒動記 〜その相手、まさかのニセモノ〜|SNSの甘い罠にご用心!
夜更け過ぎ、髪を乾かしていると、夫が興奮気味に話しかけてきた。
「英語でファンレターって、どう書けばいい?」
突然の質問に、私は何のことか分からず戸惑った。
夫の話によると、Facebookを見ていたとき、大ファンだという海外のチェリストにコンサートの予定についてコメントをしたところ、なんとすぐに返事が返ってきたのだという。
夫は最近、英語の勉強を始めており、覚えた英語を実際に使ってみたかったらしい。つたない英語ながらも、「日本でコンサートの予定はありますか?」と尋ねたところ、その有名なチェリストから「私のファンですか? ありがとうございます」と、簡単な英語で返信があったそうだ。
憧れのチェリストから直接返事をもらったことに興奮した夫は、なんと返せばいいのか分からず、私に助けを求めてきたというわけだ。
私も英語が大好きで、夫よりは長く学んでいるけれど、決して流暢というわけではない。だから、ファンレターの代筆を頼まれても正直戸惑うばかりだった。
——あ、こんな時こそChatGPTの出番じゃない?
ひらめいた私は、心の中で「私ってなんて賢いんだろう!」とちょっと得意げに思いながら、iPhoneを手に取って早速ChatGPTに話しかけた。
「聞いて! 私の夫がファンのチェリストにFacebookでメッセージを送ったら、返事が来たの! だから、あなたの力で英語のファンレターを書いてくれない? 内容はこんな感じ。
『あなたのことをYouTubeで知り、大ファンです。日本に来ることを心待ちにしています。』」
事の顛末を話すと、ChatGPTはまるで人間のように一緒になって喜んでくれた。そして、私の要望通りに、最高のファンレターをあっという間に代筆してくれた。
A Message from a Big Fan in Japan
Dear Mr. ◯◯◯,
I discovered you on YouTube and have been a huge fan ever since. Your music touches my heart deeply, and I am always moved by your incredible performances.
I truly hope you will come to Japan someday. I am looking forward to seeing you perform live.
Thank you for sharing your wonderful music with the world.
With warmest regards,
[あなたのお名前]
最後に自分の名前を入力するだけで完成したファンレターを、夫はドキドキしながら送信した。
生まれて初めてのファンレターを出した夫は、顔をほころばせながら嬉しそうに微笑んでいた。
「英語を勉強していて良かったね!」と私が声をかけると、夫は「本当だな!」と力強く頷いた。
その数分後、「ピロリン」という通知音が鳴り響いた。
夫が急いでiPhoneを開くと、なんとまたしても憧れのチェリストから返信が届いていたのだ。
返信の内容(日本語訳)
「私の音楽活動やその他すべてに対する温かい応援とご支援、本当にありがとうございます。これは本当のことですが、私の個人アシスタントにスケジュールを確認してもらい、日本でのコンサートの予定があるかどうかを調べてもらいます。そして、日本から応援してくれているあなたへ、本当にありがとう!」
夫も嬉しそうだったが、私も心から嬉しい気持ちになった。
思わず夫と一緒に手を叩いて喜んだ。
そして今度は、この返信への返事を考えるために、再びChatGPTに助けを求めたのだった。
Subject: Thank You Again!
Dear Mr. ◯◯◯,
Thank you so much for your kind reply again. I’m truly honored!
I’ve been a fan of yours since I discovered your amazing performances on YouTube. Your passion and energy when you play the cello are truly inspiring, and I’ve been captivated by your music ever since.
It’s such a pleasure to connect with you like this. I’ll continue to support you from Japan!
Warmest regards,
[ご主人のお名前]
しかし、世界的にも有名なチェリストが、日本人のいちファンにここまで親切にしてくれるなんて、信じられない気持ちだった。
そこで私はChatGPTに聞いてみた。
「どうしてあのチェリストは、こんなに優しいのかしら?」
すると、ChatGPTはすぐに答えてくれた。
「◯◯◯さんは、ファンとの交流にとても熱心な方なんですよ。」
そうこうしているうちに、だいぶ時間が経っていた。もう返事は来ないだろうと思い、私たちは眠ろうとしていた。
そのとき、突然また夫のiPhoneが「ピロリン」と鳴ったのだ。
「テレグラム? なんかテレグラムで話をしないかって言ってるよ!どうしよう?」と夫が言う。
「ん? テレグラム? テレビ電話? 英語が話せないのバレちゃうじゃん!」と私。
慌てた私たちは、テレグラムが何なのかもよく分からず、さらに英語は書けても話せないことを伝えなければと思った。
そこで、もう一度ChatGPTに頼んで、ファンレターの返信を作ってもらうことにした。
直接会話ができないことへの残念な気持ちを込めて、夫は憧れのチェリストがYouTubeで演奏している映像の前で記念撮影をし、その写真を一緒に送ることにした。
満面の笑みを浮かべる夫。そして、ついでに愛犬も腕に抱きかかえる。
「ちゃんと撮ってよ!」と、夫は髪を撫でつけて整えた。
さっきまでパジャマ姿だったのに、わざわざセーターに着替えて、YouTubeの前にきちんと座る。
「はい、チーズ!」
私の声に反応して、パッと笑顔を見せる夫。その表情がなんともおかしくて、思わず笑ってしまった。
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その後、また返事があった。
「親愛なるファンのあなたへ。素敵な写真をありがとう。僕はもう行かなければなりません。それでは、また!」
彼は送った写真を喜んでくれて、最後のお別れのメッセージをくれたのだった。
……勘のいい方は、すでにお気づきかもしれません。
実は、このチェリストはニセモノだったのです。
夫が大ファンの本物のチェリストは、同じFacebook上でこう警告する動画を投稿していました。
「僕のニセモノがたくさん出没しています。騙されないでください。僕はソーシャルメディアは一切やっていません。大変迷惑しています。」
つまり、そういうことだったのです。
本物のチェリストは、テレグラムなんか使わない。
少し時間が経って冷静さを取り戻した夫がこの動画を見つけ、私たちもようやく状況を理解しました。
わからない英語をChatGPTで一生懸命翻訳して書いたファンレター。
YouTubeの前で撮った記念写真。
それらはすべて、本物のチェリストではない相手に送ったものだったのです。
幸いなことに、お金を要求されることはなかったし、実際に騙されたわけでもない。でも、彼は一体誰だったのだろう。
満面の笑みを浮かべた日本人のおじさんの写真を見て、「女性かも」と思っていた彼は、騙す気が失せたのだろうか?
それとも、写真を見て思わず笑ったのだろうか?
…正直、よくわからない。
まるで夢でも見ていたかのような、不思議な出来事だった。
でも、これは注意喚起のために書いている記事です。
迂闊に知らない人と連絡を取るのは危険ですからね。
翌朝、目を覚ました夫に私は冗談めかして言った。
「100万円送ってくれってメッセージ、来た?」
夫は苦虫を噛み潰したような顔になって、こう答えた。
「俺は騙されない。」
降り注ぐ朝の光の中で、我が家の犬が大きなあくびをした。
——もしかして、君は守護犬だったの?
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