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超大作「十二国記 白銀の墟 玄の月」を読み終えて人生が虚無になった初読勢の断末魔
救いようのねぇ子はいねぇが〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!
こんにちは!!!
遠く秋田県は男鹿半島の妖怪?のインドネシア産のパチモンこと、どうも俺です!!!
もしもマンガ・ドゥア・モール(ジャカルタにある巨大パチモン専門店)にてナマハゲグッズを見かけたらご注意ください
それ、正月にわるい子を探す愉快な妖怪・ナマハゲではなく、とにかく救いようのないキャラに味方せずにはいられない悲しき妖怪・遅筆マンっす
それでどうですか? 皆さんはしていますか?
分の悪い戦い
俺はしています!!!!!!
「こいつ、あまりにも酷すぎて誰からも憎まれるんだろうな……」ってキャラを見るとどうしても「俺くらい味方しなきゃならない、のか……?」っていう俺のなかにある謎の使命感に火をつけずにはいられないのです
そういうわけで、
救いようのねぇ子はいねぇが〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!
と正月から救いようのねーやつを探していたんですが……
いました!!!!!
マジで救いようのねーやつが!!!!!!
もうお前だけは本当にどうしようもねー!!!!!!!
というわけで、本日はようやく辿り着いた十二国記の最新作「十二国記 白銀の墟 玄の月」より、『諸悪の根源』『お前さえいなきゃ十二国記は始まってねぇよ』『お前の沼に右足突っ込んだ人、銀魂の高杉の沼にも左足突っ込んでましたよ?』と俺界隈で話題の恥ずべき簒奪者・阿選の弁護人として本作を語り散らかしたいと思います!!!
お前をどう弁護すりゃいいんだよ、阿選!!!!!!!!!!!!!
『十二国記 白銀の墟 玄の月』が辛すぎて正月から顔面ボコボコにされた2025年、幕開けから大丈夫そ??
戴国に麒麟が還る。王は何処へ──。乍驍宗が登極から半年で消息を絶ち、泰麒も姿を消した。王不在から六年の歳月、人々は極寒と貧しさを凌ぎ生きた。案じる将軍李斎が慶国景王、雁国延王の助力を得て、泰麒を連れ戻すことが叶う。今、故国に戻った麒麟は無垢に願う、「王は、御無事」と。──白雉は落ちていない。一縷の望みを携え、無窮の旅が始まる!
というわけで、白銀についてですけども12月頭から読み進めていた十二国記もいよいよ大詰め、「ようやく辿り着いた!!!」と感慨も一入でした
なんといっても、十二国記を読み始めてから一番読みたかったのがなにを隠そうこの「白銀」でしたし、前巻の黄昏の岸を読み終えてすぐから続きが気になってしょうがなかったのが本作です
俺の2025年の幕開け、なんすわ🤨#十二国記 pic.twitter.com/spOwoPQMyA
— 遅筆マン (@chihitsuman0715) January 1, 2025
と、新年から意気揚々と十二国記初めを行ったわけですですが──
──まさかこんな地獄が待ってるとはよ!!!!!!!!!!
いえ、わかってはいたんです……
王不在で国が荒れることも、戴とかいうハズレ立地を引いた雪国が荒れればどれほど悲惨なことになるか……
けど、やっぱつれぇわ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!
黄昏の岸でも感じましたが、この極寒と貧困にあえぐ民衆の描写がかなり19世紀ロシアの小説っぽい
概して感じたことは、『王と王にまつわる物語』であることが多い十二国記において、この『白銀』はそこから大きく逸脱し『王を失った民たちの物語』だったのではないか、ということです
すでにお読みの方はご承知でしょうが、この白銀では犠牲を払わなければ生きていけない民たちの厳しい現実にも多くのページが割かれ、その苦しい生活がこれでもかと細かく描写されています
また偽王・阿選に抗うもの、従う者、従うことに迷う者たちの描写も苦しい
従来のヒロイックな展開はなりをひそめ、ひたすらに暗鬱で苦しい展開が続きます
そのあまりにもつらい旅路に、途中で心折れる読者の方も少なくなかったのではないでしょうか
エンタメ的に見れば、幾重にも張り巡らされたミステリ構造が面白く拝読できますが、今巻はそれだけに留まらず多くのことを考える余地のある非常に重みのある巻になっているように思います
なかでも、俺が注目したのは本作を通して繰り返し描かれる「犠牲」とそこから始まる「再生」についてです
よって、今回はまずこの犠牲と再生についてフォーカスして語り散らかしたいと思います
ちなみにここで言う「犠牲」はほとんど阿選のせいです
阿選てめーこの野郎!!!!!
お前、ツラ良すぎるからやたらファン多いけど4巻の表紙がお前のコスプレした俺の自撮り画像だったらファンなんて一人もいねーからな!!!!
反省しろ!!!!!!!!!!!
白銀が描く、犠牲と再生
とかく、白銀ではあまりにも多くの犠牲が描かれていたように思います
なかでも、李斎の相棒である飛燕、土匪である朽桟の死は個人的に気に入っていたキャラだっただけに辛い
また作中で描かれる死は、戦いのなかで失われるものばかりではありません
冒頭から登場する園糸は旦那と上の子供を亡くし、途中で登場し重要な役割を果たす父娘もまた姉娘を亡くしています
こうした繰り返し描かれる犠牲と、物語の決着を見て思い起こされるのが、前巻の感想noteでも引き合いに出した「カラマーゾフの兄弟」のエピグラフにて引用された、聖書の一節です
「もし一粒の麦が地に落ちて死ななければ、それは一つのままである。しかしもし死ねば、多くの実を結ぶ。」
一粒の麦の犠牲が、いずれ実を結び再生されることを端的に表現したこの句はキリストの自己犠牲による死とその復活をなぞらえたものなんだそうです
(一時期傾倒していた19世紀ロシアの一部小説群がこうした聖書と密接に繋がっていることもあり、知識は多少あるんですが実際に読んだことはないので伝聞調)
白銀では多くの犠牲を払った結果として、王である驍宗は帰還し、戴の国の奪還は果たされました
そのなかで失った命は、意味のあるものも、一見意味のないものも、本当に様々です
その失われた一つ一つの命を「地に落ちて死ぬ一粒の麦」と見ることもできるでしょう
そして、この物語のために失われたのは、戴の国の命だけではありません
91年に発売された十二国記の始まり、「魔性の子」で失われた命さえも、泰麒は背負っています
雪に覆われた山野、困窮して蹲る民、──そして。
おそらくはまだ雪のない遠く遥かな海辺の街。もう二度と帰ることもない泰麒の故郷。そこで引き起こされた大量の死。それを無意味な犠牲にすることだけは、あってはならない。
ただ自分が戻った、そのためだけに引き起こされた巨大な惨禍。
著・小野不由美 出版・新潮社
P193より
泰麒が戻るために払った犠牲があり、そして泰麒もまた命こそ失わなかったものの、この戦いで大きな犠牲を払った一人です
この物語において大きな役割を果たした李斎もそう
彼女を逃すために払われた犠牲があり、彼女もまた片腕と飛燕という犠牲を払いました
失われた犠牲は、名前のあるキャラに限っても数えきれません
その数えきれない犠牲の末に実った王の帰還を端的に表しているのは、驍宗の命を繋いだ名も無き父娘の描写です
「姉さんが死んだのも、お前たちがひもじいのも、間違った人間が玉座にいるからだ。天から許されてもいない悪い奴がこの国をこんなふうにしてしまった。父さんは、それを許したくないんだ」
「餅を食べると、許したことになるの?」
「そういう気がするんだよ。……これをみんなで分け合えば、今夜はひもじい思いをせずにすむのになあ」
(中略)
「助けてくださったんだ。そのおかげで、父さんはお前たちとこうしていられる。その恩義ある人を悪党が殺した。あの方を忘れることは、悪党の非道を忘れることだ。間違った世の中を認めることになってしまう」
著・小野不由美 出版・新潮社
P332より
ひもじくとも死者を悼み、わずかばかりの食物を川に流し、そのせいで娘の一人を失ってしまったかもしれない父親
彼の愚かな祈りが王に届き命を繋いだシーンは、この白銀における白眉だったように感じます
意味のある犠牲も、意味がなかったかもしれない犠牲も、ひとえにこの名も無き父親の願いと同じもののために支払われたはずで、それらの「死んだ麦の一粒」の集積が王・驍宗の生還に繋がる……というこの展開、あまりにも激アツ
尭天の王に伝えてやりたい。景王が実際に、清秀を直してやれたかどうか、それは祥瓊にもわからない。……ただ。
──これほどにも、あなたは人々の希望の全てなのだ、と。
著・小野不由美 出版・新潮社
P222より
という万里における祥瓊の言葉にもあるように、王は民にとって希望であり、最後に残された縁(よすが)なのだという切実な願いが悲しくも美しい
そして、ほんの少しだけ羨ましい
こんなにも希望のすべてを託せる人が果たして現実世界にはいるでしょうか?
少なくとも俺はそれを見つけられていません。だから、驍宗を持つ戴の民には羨望のようなものを感じてしまいます
まぁ、だからって「じゃあ戴に引っ越す?」って言われたら「ん〜〜〜〜〜、無理!!!!」つって拒否るけども
あんなハズレ立地の国に行きたいわけないだろ!!!!!蓬莱が結局は最高なんじゃい!!!!!!!
さておき、ここまでの長く苦しい読書体験が驍宗の生存ひとつで報われたな、と個人的には思いました
阿選と、忘れてはならない犠牲について
そして、この犠牲の根を辿ればひとえにそれは阿選の起こした謀反が端緒です
もう全部お前が悪い!!!!!!!
そこだけはごめん、動かない!!!!!!!!!
だから弁護も擁護も正直できん!!!!!!!!!
阿選のどこが悪いのかは、琅燦が端的かつ徹底的に言ってくれたんで引用しますけども
「驍宗様があんたと競っていたのは、突き詰めて言えばどっちがよりましな人間か、ということだったんだ。
(中略)
あんたはそのうち、何を競っていたのか忘れてしまったんだよね。
(中略)
──でも、驍宗様は、あんたと何を競っていたのか、それを忘れてなかったんだ」
阿選は茫然と琅燦を見た。
「だからあんたは盗人で終わる。実体のないものに振り廻されたんだから当然だ」
著・小野不由美 出版・新潮社
P238より
おい琅燦言いすぎだろ!!!!!!!!!
正論パンチで返す言葉もないけど、阿選そそのかしたお前が言うのも相当どうかと思うわ!!!!!!!!!!
てか阿選、お前やっぱもったいねぇよ
どっちがマシな人間か、ってもう人生の一番大切な目的のはずじゃん
これ以上に大事なことってある?
そういう部分で驍宗に「こいつには負けられん」って思われてた阿選がトチ狂うというのが哀れすぎる
ぶっちゃけ、阿選の感じた絶望は阿選にしかわかりません
なぜなら、誰も「驍宗と比べられる」という苦しみによって試されたことがないからです
だから、それは作中キャラの誰も味わったことのない絶望ではあるんでしょう
けれど、その絶望は民たちの犠牲で贖わなければならなかったものだったでしょうか?
俺はとてもじゃないけれど、はい、とは言えません
その点があるから、いくら哀れに思っても阿選のことは俺も庇えません
庇えません、が!!!!!
ただひとつ、忘れてはならないのは彼もまた戴が驍宗という優れた王を戴くために支払われた犠牲のひとつだということです
驍宗は優れた王ですが、彼がそこまで優れた王になれたことの一因には阿選との競争があったはずです
実際「阿選が見ている前で恥ずかしいことはできない」という意味の驍宗の言葉もありました
阿選というライバルとの競争があればこそ驍宗もより優れた人物になり得ただろうし、故にこそ戴は優れた王を戴くことができました
その裏側に、阿選という敗者を生みながらです
国に王は二人いらない、という厳しい競争原理は優れた王を生みもすれば敗者をも生み、敗者の絶望をも生みます
そして、その絶望の上により優れた王が立ち、国は運営され、豊かになります
その豊かさを享受する民もまた、敗者の絶望の上に生きています
阿選の絶望がこれほどの悲劇を生み出すに値するものだったかは定かではありません
しかし、たとえそれが共感できずとも、いずれ討たれる阿選の絶望を糧にしていない民は戴にはいません
驍宗という優れた王の影には、常に阿選という敗者がいるからです
阿選を擁護はやっぱりできないけれど、そこだけは哀れに思わずにはいられない
阿選は、戴の繁栄に捧げられる愚かしくも避けられない犠牲の一つだと思うからです
多大なる犠牲の上に実ったものについて
あまりにも多くの犠牲が支払われた今作ですが、ラストの李斎の言葉からはその支払われた犠牲の意味について考えさせられます
過去に積み上げられた小さな石が、知らぬ間に集まって大きな結果をもたらしてくれた。
李斎はこのところ、そんなふうに感じることが多い。
──過去が現在を作る。
ならば、いまが未来を作るのだ──たとえ繋がりは見えなくても。
著・小野不由美 出版・新潮社
P417より
魔性の子で支払われた犠牲という過去が泰麒の帰還という未来を作り、驍宗という優れた王が阿選の絶望を呼び、驍宗によって救われた轍囲の民の無辜なる願いが驍宗の生還を呼びました
落ちて死んだ一粒の麦が多くの実りを結びもすれば、破滅をも呼んでしまったことを思えば、本当に「良くも悪くも」な言葉だな〜と思わずにはいられません
これから多くの種を蒔いた戴はどのような国になっていくのでしょうか?
続刊が楽しみですが、果たしていつになるのか……と思うと、もう戦々恐々
そして、個人的には阿選が蒔いた種についても触れずにはいられません
阿選はたしかにやらかしてしまったと言っても言い切れないほどにやらかしてしまいました
十二国記でやらかした男ランキング堂々の第一位
アホ、地獄行き、誰がお前の擁護できるんだよオブザイヤー2025年三部門総なめ
しかし、阿選が戴のために残したものもたしかにあります
阿選が育てた、彼の麾下たちです
そもそも驍宗にライバル視されるほどに優れた人物だった阿選には、彼を手本として尊敬した心ある麾下たちがいます
途中で翻意し李斎たちに協力してくれた友尚、冷遇されながらも信頼を勝ち取り泰麒に尽くした恵棟など、彼らの活躍なければ驍宗の帰還はありえませんでした
麾下たちを裏切った阿選が、その麾下たちによって首を〆られるのは皮肉な話ですが、しかしそれは間違いなく阿選が戴のために蒔いた種だったはずです
阿選は間違えたけれども、やっぱり本質は心ある人物で、戴という国を想う民の一人でした
だからこそ仁道を知る麾下に恵まれ、その麾下が戴の奪還の一助となりました
阿選は過去を裏切ってしまったけれど、阿選が戴のために生きた過去は現在へ、そして未来へと繋がっていくのでしょう
阿選については「馬鹿野郎がよ〜」以外の言葉を持ちませんが、やっぱり阿選も戴という国のために殉じたのだと俺は思います
戴のために生きた過去の阿選自身が、彼の麾下を通して彼自身を討って正した……と考えてみると、ほんの少しだけ阿選を許せそうな気がします
あまりにも阿選贔屓な考え方だな、とは思いますけども
まとめ
というわけで、「十二国記 白銀の墟 玄の月」にてとうとう十二国記も(短編をのぞいて)読み終えてしまいました
もう終わりだよ
俺はこの後の人生なにを楽しみに生きればいいの?
思えば十二国記と出会ったのが12月頭頃のことですが、この大作シリーズをおよそ一ヶ月で消費してしまうって俺はなにを考えてるの?
やってること人類過ぎん?
有限の化石燃料を使い潰し大気を汚染してもいまだ飽くなき消費を続ける星の破壊者・人類も真っ青の消費スピードだなって言ってんだよ!!!
この比喩、全き人類である俺が使うと幾重にもややこしいだろ
とにもかくにも、十二国記のほとんどを読み終えた虚無感がいまはす〜〜〜ごいわけです
俺の残りの人生はなに?余生?
俺は十二国記の余韻だけでジジイになるまで生きなきゃならん
また、これを忘れてはいけません
このnoteをお読みくださっている皆様にも平にお礼を
温かい既読勢の皆様に見守られながらの読書体験は本当〜〜〜〜に楽しかったです
十二国記そのものも面白かったけれど、これきっかけに繋がった方々とのご縁もまた大切な財産になったように思います
今後は俺もまた(ほぼ)既読勢として、十二国記を吸った初読勢が吐く副流煙(感想)で生きながらえる妖魔として、ガンガン十二国記について語り散らかしたいなと思う所存でございます
まだ、短編も多く残っておりますし、これで終わりというわけではないですけどもね
読み返してみれば、語りたいことはたくさんあったはず(特に広瀬について触れた泰麒の想いなど)なんですが、ず〜〜〜っと阿選のことについて語ってしまったな〜と思います
この白銀について語るにはやはり欠かせない人物が阿選だったのだなと改めて思います
折を見つけて、またどこかでよしなしごとを語れればいいな〜と思いつつ、今回のところはこのへんで
ではでは!!!!!