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5. 明るけりゃ月夜だと思う
大人になってからの”遊び”はいつもどこか強迫的な衝動性がある。
いつも1日が終わることを恐れていたし、寝る間を惜しんで家を出た。
私には時間が無い。
その激しい情熱と喪失感をどこに向けていいのか分からず持て余していた。
正解と思える何かと出会いたかったし、自分では満たすことができない日常を、他者との時間と非日常体験で満たしたかった。
私は呪われてる。
シャワーを浴び終わったあと、徐ろにVapeをふかしながらソファーにもたれる。
今日は何処に遊びにいこうか。
適当にSNSのタイムフィードで情報を漁る。
ド派手なフライヤーをアップしたオーガナイザーの情報をスワイプして詮索していく。
最近、EDMしか流さないパーティー系のイベントに自然と足が遠のいていた。
オールミックス系は問題外で、
モンスターイベントでもEDM人気にあやかり、R&BアクトがEDM要素をバランス良く取り入れた選曲が増えていた。
私は似たような音楽に味気なさを感じていた。
VAPEを深く吸い込んで、また煙を吐いた。
SNSのタイムフィードを見て、ある人がアップしていたフライヤー画像に目が止まる。
小さいバーのハウスイベントだった。
ふと、初めてハウスのイベントに行ってみようかと思った。
エレクトロ系のサウンドは苦手だけど、グルーヴ感のあるBPM125前後の4つ打ちと呼ばれる踊れるビート。90sくらいのテックハウスにハマっていた。
ドラムマシンとシンセの同じコードのループを聴くと、音楽と一体化した感覚になる。
HIPHOPのイベントで時たまDJが流したのを聞いた時に、割と好きかも。と感じた。
ルブタンは封印して、ウエッジソールのヒールを選んだ。
これなら細いピンと違って転ばないだろう。
タクシーで繁華街に向かう。
タクシーを降りると、もうすっかり夏の気温で夜も蒸し暑かった。
携帯のマップでイベントの開催住所を確認する。
そこは地下1階で、階段を降りるとスナックが並ぶフロアだった。
そこにバーの看板が見えた。
いつも、行ったことがないイベントのフロアに入るのは緊張する。
身内だけのパーティーで場違いじゃないか、警戒しながら私はバーの扉を開けた。
扉から音が漏れる。
20〜30人しか入れない程度の、小綺麗だけど飾っていない空間だった。
ムードはミュージックラヴァーな人達が、音楽にのったり、ただバーカウンターで話し込んでいたり。割とアットホームだった。
なんとなく、ここで転んだら、誰かは手を差し伸べてくれそうだと思った。
スカスカではないけど、1人で来ても違和感が無い程人は入っていたので、少し安堵した。
何を飲もうか。リズムに乗りながらバーカウンターを見ると、バーカウンターで話し込んでいた人と目が合う。
「あれ?ココちゃんだよね?」
「あ…お久しぶりです。」
この人がアップしていたフライヤーを見て来たのだから、本人がいることはわかっていたけど、知らなかった様な顔をした自分がなんだか恥ずかしかった。
つくづくSNSのオンライン上のアプローチが人を動かす凄さを実感した。
さっき、携帯で眺めていた人と、行動を起こせば会える時代なのだ。
バーのマスターらしき男性と、話し込んでいた男性が、何故か目を丸くして私の顔を見ていたのがわかった。
「HOUSE好きなんだね?HIPHOPのイベントにしか来ないのかと思った!」
Sanoさんが屈託の無い笑顔で言った。
「最近、HOUSE好きになったので勉強にきました。」と、その笑顔に釣られて笑った。
多分、この人はいい人なんだと思う。
なんとなくそう思った。
私の言葉を聞いて、またSanoさんがニコッと口角を上げる。
下唇の下側ラブレットピアスが暗闇で光る。
スマートにお金を払い、ジントニックが入ったグラスを私に持たせた。
「じゃあ、乾杯しよっか。」
「あっ、はい。乾杯!」
落ち着いた空間とは裏腹にセレクターが流す曲はアグレッシブだった。
ポップライクなボーカルハウスじゃなくて。
もう少しシンプルというか、グルーヴィーで黒いリズムの影響がある。とにかく踊れるビートだ。
でも、バーに集まった人達には理性があった。
静かじゃないのにこんな空間は酷く落ち着く。
「えっと、ココちゃんといつぶりだっけ?」
「ミツさんのパーティーで会った時以来なんで、2ヶ月ぶりくらい…?」
メインストリームのクラブイベントに飽き飽きしていた時だった。
仕事が終わった後の気晴らしに始めた、ホステスのバイトで、送迎をしてくれるお兄さんがメキシカンバーを貸し切ってピザパーティーをするから、来ないか。と誘って来た。
「ココちゃん、クラブとか行くなら楽しいと思うよ。」
と言われ、そういうコミュニティー系のパーティーも行ってみたら楽しいかな?と思い、行ってみた。
「1人できたんですよ。」と言うと既に泥酔していた送迎のお兄さんは、私の手を引っ張って色んな人に紹介してくれた。
その時にSanoさんと出会った。
Sanoさんは前からSNSで見かけた事があったし、前パーティー系のイベントで可愛い彼女と一緒に来ていたのを見かけた記憶があったからか、話も弾んだ。
黒髪を少し伸ばしていてセンターパートで前髪を分けてたので、前髪を耳にかける仕草に、色白な肌と、綺麗な指だなぁ。と思った。
あと、HOUSEのDJの人と関わるのは初めてだったのと、初めてみた時はサイケ柄のTシャツにサングラスにゴツいピアスのイメージとは反対にとても気さくで話は弾んだ。
「Sanoの彼女なの?」
先ほどSanoさんと話し込んでいた男性が、私にそう尋ねたので「え、違いますけど。」と拍子抜けした。
「あっ、そうなんだ。ここに入って来た時から誰かの彼女なんだろうな。と思ってたわ。」
Sanoさんが、ん?なんて言ったの?と顔で尋ねてきたけど、音楽にかき消されるのをいいことに、気づかないふりをした。
私はよく誰かに所有されていると思われる。
と同時に、彼女と別れていた事を察した。
Sanoさんの紳士的な装いと雰囲気に、私は信頼して気を許すことにした。
それが、理性を掻き乱す結果になったとしても罪悪感を感じる相手はお互いいないからだ。
ディレイの響きみたいな細かい音が、しっかりと3D感があって、空間に広がる感じがとても、心地よい。
こんな瞬間は強迫的な感覚は大人しくしてくれる。
2人で踊って、段々と距離が近づいた。
こんな時に実感するのは、
女性ホルモンのエストロゲンは、男性ホルモンのテストステロンを積極的に呼び起こす。
この原理は全哺乳類が課せられた本能で、メス猫がお尻をあげるロードシス動作と同じ。
だから、私は特定の誠実な相手にだけ牙を向く。
「Sanoさん、私アレ吸ってみたい。」
偶発的に近づいた近距離で、耳元で囁く。
Sanoさんはそのままの距離で、一瞬目が泳いで言葉の意味を理解した。
「本当に?いいよ。」
正直、カマをかけただけだったけど私も予想は当たった。
Sanoさんは私に目配せをして、出口に向かう。
騒がしい繁華街を横目に、公園の広場の草むらに入る。
2人とも子供みたいに声を潜めて、かくれんぼの気分だ。
「ねぇねぇ、どんな風になるの?」
「そうだなぁ。」とポケットを弄ってアルミホイルを取り出すSanoさん。
「感覚が研ぎ澄まされて、音は敏感に聞こえるようになるよ。あと、リラックスするかな。」説明しながらアルミホイルをパイプの形に変形していく。これ、なんとかかんとかって人が考えた吸い方なんだよね。
と笑って言うSanoさんの説明を私は酔っ払っていてあまり覚えていない。
「火つけるから、吸ってみて。肺に入れる感覚。」
私はVAPEを思い出しながら、小さいパイプ型のアルミホイルを持つ。
思いっきり吸い込んで、一気にむせた。
涙目になりながら、昔子供の頃にマッチで遊んだ事を思い出した。
私は格好悪くて思いっきり笑い出した。
Sanoさんもそんな、私を見て笑った。
私の次にSanoさんも吸って、アルミホイルを丸めて投げ捨てた。
「Sanoさん、めっちゃ楽しい!」
はしゃぐ私を見てSanoさんは満足げだった。
繁華街のネオンがとても綺麗だった。
2人で通りの真ん中を走った。
途中、Sanoさんの知り合いが何人か声をかけてきた。2人で手を振ってふりきる。
マラソンをしててゴールを見つけたような感覚だった。
私は、いつかSanoさんと寝るかもしれないし、嫌われるかもしれない。
明日は8時から仕事だし、今から寝たらきっと起きるのが辛い。
でも今日は、出かけてよかったし、今日の事はずっと楽しい思い出になると思う。
私は誠実な出会いにとても感謝した。
世界はとても綺麗だった。
刻んでいた針は今だけ止まっていた。