Nippon Cinema Nowトークセッション「私たちの映画の作り方」
皆さんこんにちは!学生応援団です。
10/29(日)、Nippon Cinema Now部門の監督方によるトークセッション「私たちの映画の作り方」が開催されました。
『左手に気をつけろ』の井口奈己監督、『99%、いつも曇り』の瑚海みどり監督、『小学校~それは小さな社会~』の山崎エマ監督、『かぞく』の澤寛監督、『市子』の戸田彬弘監督がご登壇されました。
制作経緯
最初の話題は制作経緯について。
まず『左手に気をつけろ』の井口奈己監督は、前作『子どもが映画を作る時』を観た出資者の方から、子供が暴れる作品を撮らないか?という提案がなされたことで、企画が動き出したことを明かしました。
続いて『99%、いつも曇り』の瑚海みどり監督は、2年前に作った映画が、TIFFで行っているAmazon Prime Videoテイクワン賞で審査員賞を受賞したものの、新作を作る資金の援助を受けることが出来なかったため、昨年の文化庁の助成金(ARTS for the future!)に申請し、資金が集まったことで、ようやく制作に漕ぎ着けたことを明かしました。
『小学校〜それは小さな社会〜』の山崎エマ監督は、企画から完成まで9年もかかったことを明かし、資金面での問題や、撮影を許可してもらえる学校を探すまでに大きな困難があったと述懐しました。
ようやく撮影出来る小学校と資金援助が決まり、撮影を始められる体制が整ったタイミングでコロナ禍に入ってしまい、企画が頓挫しかけたことも明かしました。
しかし、コロナ禍だからこそ、自分の撮りたかった映像が撮れるのではないかと思い、撮影を始めたところ、1年間の撮影期間の間に海外からも資金を集めることができ、世界の各国との共同制作という形に変化していったそうです。
撮影しながら資金を集めるのはドキュメンタリーならではのことで、通常の劇映画では難しいという、資金調達の内情も赤裸々に語ってくださりました。
続いて『かぞく』の澤寛監督は、まず原作コミックを監督自身が読み、自ら脚本化したところがきっかけだったと明かしました。
澤監督は、元々映画現場で衣装やキャラデザなどの経験があったが、徐々に映画を撮りたいという気持ちが大きくなり、今回初監督作品を撮ることになったと語りました。
『市子』の戸田彬弘監督は、元々学生時代から自主映画を撮っていたそうで、その後に演劇を始めたが、処女作『川辺市子のために』が評判になり、4年かかって映画化したことを明かしました。
資金については、プロデューサーが新人監督を発掘する企画として始まったため、予算も十分に組んでくれたことを明かしました。
Q&A
続いて観客の皆さんからの質問コーナーでは、数多くの切り込んだ質問が聞こえてきました。
まず1つ目に「コロナ禍に映画を作ることは非常に勇気のある行動だが、今後の配給の予定はどうなっているのか?」という質問がありました。
井口監督は、現在劇場に直接持って行って売り込みをしていて、コミュニティシネマセンターから徐々に全国へ広げていきたいということを明かしました。
瑚海監督も自分で売り込みを行っており、文化庁からの助成を受けているので、今年中に2週間のロードショーをかけないといけないという裏事情を明かしました。
しかし『99%、いつも曇り』は劇場公開が決まり、アップリンク吉祥寺で12/15(金)から2週間上映されるそうです!
山崎監督は、将来的にはどんな媒体でも観てもらいたいが、劇場で公開すれば、新聞などに批評が載り、記録に残るという大きなメリットがあるので、まずは先に劇場公開をしたいと明かしました。
澤監督は、制作から配給まで全てアニプレックスが行っていて、『かぞく』は11/3(金)から全国公開されるそうです。
特に表立った宣伝はしていないので、まずは劇場で見てもらいたいと語りました。
戸田監督は、『市子』は12/8(金)〜テアトル新宿ほか全国でロードショーするので、沢山の人に観てもらいたいと語りました。
2つ目の質問は「特に女性にお聞きしたいが、映画作りと家庭の両立はどのように行っているのか?」というものでした。
山崎監督は、28ヶ月目まで撮影し、産後すぐに編集作業を始めたことを明かしました。
ドキュメンタリーはどうしても相手の都合に合わせる必要があるので、現場に子供を連れて行けるような環境をこれから整備していきたいと語りました。
戸田監督も、現場でベビーシッターの部署が出来れば良いのではないかと語りました。
最後に、日本でドキュメンタリー映画づくりを学ぶ学生からの質問で「最初のキャリアでは、就職をして映画を作るか、コンテストに応募して資金を調達するのか、どちらが良いのか?」という質問がありました。
山崎監督は「私はアメリカの大学で編集というスキルを身につけて、働きながら映画制作への時間を作った。日本ではキャリアを形成しながら夢を追うことが本当に難しいと思う。大学卒業からの5年くらいの間に学んだことを下地に頑張ってほしい。あとは忙しさのあまり夢を追うことを忘れることがないように環境を整備することをしていく」と語りました。
瑚海監督は、「自分は中年になってからやる気を出し始めたが、そういう人にとっては、就職は難しい。キャリアもないため、出資者がつかないという現実もある。なので、コンテストを狙うしかない。日本は無名の人が映画を作るチャンスが本当に限られている。自分で売り込む以外のチャンスがないので、芸術に対するバックアップが充実していくことを願う。」と語りました。
残念ながらここでお時間が来てしまい、大盛況の中終了しました。
最後に
日本の映画界の最先端を行く5名の監督方のトークからは、日本で映画を作るうえでの課題が浮き彫りになって行きました。
特に制作資金を集める体制が整っていないこと、多様な働き方が出来るような現場環境が整備されていないことが喫緊の課題であり、今後は、国を上げた芸術への支援の充足や、映適などの現場環境を整える組織が機能していくことが求められるのだと思いました。
これから映画に携わりたいと思っている学生や、現在映画業界で働く人たちが問題意識を持つことで、よりよい映画作りが出来ていくのではないでしょうか。
最後までお読みいただきありがとうございました。