②同人誌のコンセプトを考えるためにKJ法とヒアリングを試行錯誤した話
「同人誌執筆の裏方をした話」第2回です。懐かしのKJ法を使って目次を考えることで章立てが上手くいったよという話と、その前後のヒアリングについて試行錯誤した話です。もしかしたらKJ法より後者のヒアリングのほうがノウハウとしては大きい部分かもしれませんが…。
KJ法は比較的取り組みやすいフレームワークなので、学生時代に使ったことのある方は多いと思います。一方で実務で使ったことのある方は多くはないのではないでしょうか。
執筆だけでなく、資料やプレゼンを作る際の手順や、ビジネスコミュニケーションにおけるキーワードの引き出し方のヒントになれば幸いです。
1)KJ法をするまでの経緯
1-1)テーマを考えた
Fさんが執筆するに当たり、まずは何から着手すればよいかの壁打ちの相手になりました。テーマを考えるため、執筆の動機について言語化してもらうと、翻訳業の校正業務にWord VBAを使っており、そのノウハウを同人誌として共有できるかもしれないということでした。
話しているうちに、技術的なテクニックの話が多いわけではないとのことで、Word VBAから翻訳に話の重心を変えるところまでは順調でした。
1-2)対象者が決まらない
界隈では「執筆の際は、最初に対象者とゴールを決める」という定番の言葉がありました。実際に、対象者とゴールが明確で読みやすいと人気の評論同人を読んでもらい、今作の読者層と読後の目標について質問しました。
今思えば、この時点でブレーンストーミングをするべきでした。アイデア出しが十分でない状態であったため、読者層の想像がつかない状態でした。そこでまずは原稿を書き始めてもらうことにしました。当時の原稿がこちら。
案の定、作業はここで1ヶ月ほど止まってしまいました。Tips集を想定しているようでしたが、やはり誰を対象とした本なのかがはっきりしません。
1-2)対象者を深掘りした
そこで、初期案として出てきたメモをヒントに再度対象者を深掘りすることにしました。質問内容は前回と同じ、読者層とそのゴールについてですが、今回は質問を具体化しました。
本人の中で決めなければならないことの課題感は生まれたようでしたが、ただ詰めただけのようになってしまい、逆にモチベーションを下げてしまいました。
1-3)コンセプトの提案
そこで、一旦こちらから本のコンセプトを提案してみました。
Fさんの反応は「そんな本、読みたいやつおるんか」というものでした。クラウドワークスの募集を見て、翻訳者になりたい人たちの存在は感じ取ったようですが、本の需要となると実感は沸かないようでした。
Fさんが食いつかないということは、無意識的には他にテーマがあるんだろうとは思いましたが、本人のモチベーションが上がらないことには進めようがありません。
2)いざ、KJ法
このまま停滞しているわけにもいかないので、無理にでも一緒に目次を決める機会を作り、Cacooというホワイトボードのようなツールを使い、KJ法をすることにしました。
2-1)ブレーンストーミング
①翻訳に使うツール
まずは好きに書き出してみてと言ったところ、やはりというか、ツールに関する単語が出てきました。
②対象者に関するキーワード
次は対象者に関するキーワードを書き出してもらいました。やはり対象者となるとピンと来ないようで、この作業は一緒に行いました。
付箋を見ると分かりますが、この段階では、先ほど僕が提案したコンセプトを言語化した一般的な内容に留まりました。
しかし、やや誘導気味ではありますが、方向性の確認、お互いのウォーミングアップのような意味合いでは役に立った作業でした。いわゆるアイスブレイクです。
付箋は頭の整理のために、付箋のグルーピングと本の帯に使えそうなキーワードを枠で囲んでおきました。Fさんのモチベーションはやはり下がったままで、キーワードを書き出し終わると翻訳の仕事を始めていました。
2-2)ヒアリング
①雑談
ここまでの会話で、本人の中に書きたい何かがあるのは感じるものの、それが具体的に何であるのかが見えてきません。こういうときは雑談をしながら、言葉を引き出していきます。これもアイスブレイクですね。
あ、Fさんの書きたいテーマ、これやん。
この、音楽に関してドメイン知識があるというのは、Fさんの特異性であり、Fさん固有の経験談が提供できる部分です。
もちろん音楽の部分に焦点を当ててしまうと他の人が真似できませんし、対象者が狭まってしまいます。そうではなく、Fさん独自の経験談をもとに、テーマそのものは誰もが持つ得意分野×翻訳にすればよいわけです。
この時点では僕もここまで言語化できていたわけではありませんが、正直なところ、経験談があればそれだけで本は書けます。
②周辺を掘る
ここで「音楽の案件のような自分独自の経験談を書いたら?」と言うこともできましたが、書きたい何かがあるということは、おそらく本人の書きたいことは単なる経験談集ではないだろうと思っていました。
誰しも行き詰っているところに光明が見えると、その狭い領域だけに発想が限定されてしまうことがあります。発想が音楽の案件に固定化されてしまうのを避けるため、もう少し会話を引き出すことにしました。
Fさんの趣味を生かした案件について一通り話を引き出したタイミングで「そういう話書けばいいじゃん」と伝えるとFさんは翻訳の手を止めて、コンセプトを言語化し始めました。
ここで後にサブタイトルとなった、趣味のノウハウを生かすというキーワードが出てきました。もちろん思考材料が揃ったからと言って、誰もがコンセプトを言語化できるわけではありません。でも、少なくとも思考材料として周辺の話題を十分にを引き出すことは有用であり、プロマネとしてはそうすべきだったということです。
このコンセプト案をもとに、再度書きたい内容を付箋に書き出してもらい、整理した図がこちら。なんとなく本の骨組みが見えてきました。
2-3)章ごとにブレスト
ここから先は簡単でした。ひたすら雑談をして、Fさんの発する言葉を拾って章ごとに整理していけば良いことに気づいたからです。
ぜひ実際の目次をご覧になって頂きたいのですが、8割方、この時点で章立ては完成しています。2)KJ法の一連の作業に掛かった時間は3時間程度でした。
3)後日談
目次は決まったものの、原稿はFさんの先延ばし癖で難航しました。まずはFさんが書きやすい環境を作るため、原稿に見出しを書き始めました。そして、いざとなったら僕が書ける節には、あらかじめ自分のクレジットを入れていきました。
この作業で、第一章はFさんからヒアリングした内容で、自分がほぼ代筆できることに気づきました。なぜならこの章は「フリーランスの仕事のとり方」という自身にも関係の深いテーマだったからです。ここは自分がイニシアティブをとって、早々に書き始めることにしました。
早めに第一章に着手して良かったのは、対象者のボリュームゾーンであると思われる「ちょっと語学ができて、副業やクラウドソーシングに興味があるけれど、その一歩を踏み出せていない人」が本当にフリーランスへの道を踏み出すには、所得税の話は避けて通れないのに気づいたことです。
第一章を「フリーランスの仕事のとり方」から「フリーランスの翻訳者になるには」に変更して、フリーランスの基礎知識や、そもそも翻訳にはどんな仕事があるのかといった、翻訳業を始める前の人に必要な情報を加え、税理士の友人*にコラムの寄稿もお願いすることができました。
目次、そして第一章はこうして完成しました。
※DLsiteランキング1位「やさしい確定申告」著者ブックウェスト氏
4)一番大変だったこと
Fさんが作業から逃げないように、リアルで一緒に作業する場をセッティングすることが一番大変でした。これはオチでもなんでもなく、著者の気が進まない作業をいかにコントロールするかという、プロジェクトマネージャーや管理職にとっては共通の課題ではないかと思います。この話は「心理的安全性とモチベーション管理」の回に取り上げます。
5)目次ができたら8割完成?
本は目次ができたら8割完成!という言葉がありますが、目次時点では2割くらいだったかな…という印象です。当たり前ですが、極端すぎる先延ばし癖がある場合は予定通りにはいきません。Fさんのモチベーション管理についての話題はまた別の記事で触れます。
このヒアリングとKJ法の一連のやり取りは、Fさんとの仕事の中で大成功でした。その場を乗り切るだけでなく、ある程度良いものができた実感があり、次にもっと上手くやるためのノウハウとしても蓄積できました。
もしアイデアを整理するのに手が止まっている方がいたら、壁打ちによるアイデアや経験の言語化と、KJ法などのフレームワークを活用した整理を行ったり来たりしてみることをお勧めします。
とにかく口と手を動かしてみましょう!