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おもいつめるいろ【色見本帖】

夜見世の支度をしようと唐橋からはしねえさんの部屋に行くと、襖の見事な枝振りの梅を、季節外れの彼岸花の花弁が覆って格天井ごうてんじょうまで染め上げているのを見た。
ねえさんから迸った花弁。何も身につけていないねえさんは、三つ布団の上に倒れていた。まだ濡れて行燈にてらてらと光る左首の傷口を晒して。普段なら座敷にしか敷かない金襴緞子も紅を吸って、ぐしょり、という感じが触れずとも生々しく指先に伝わってくる。
ただでさえ白いねえさんの乳房は今や絹鼠色を帯びて天井を向き、二本の脚はいいかげんに投げ出されている。無造作に放り出された右手の傍には、小刀が転がっていた。顔はその手の方を向いてはいるけれど、見開かれたびいどろのような瞳にはきっともう、なにもうつっていない。

きっと、こうなると思っていた。

三つ布団の贈り主がねえさんを身請けすることになって、ねえさんの想い人は上野で死んで。
唐橋ねえさんが最期に見たのは、きっと自分のいのちが噴き出すところ。
噴き出すいのちは、この前上野を染めたのと、同じ色。寛永寺を燃やして空を焦がしたのと、同じ色。
ねえさんの傍らに跪き、首筋に舌を這わせてその色を味わう。喉の奥に、思わずむせ返るほどの甘い錆のにおい。頭の奥がじん、と痺れた。ねえさん。唐橋ねえさん。

ねえさんの想いも、いのちも、わっちのものになりんすように。



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