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おしゃべりな 人工知能講座④

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■古き良き時代の人工知能

ミンスキー

【ミンスキー】

話は少し遡るが、ミンスキーらが主催したダートマス会議後、人工知能の研究者は着実に増えていった。最初のコンピューター用の高級言語であるFORTRANが開発されたのもこの頃だ。そして研究テーマは、パターン認識・機械翻訳・自動プログラミング・事務の機械化などのように細分化していく。新しい分野として人工知能は注目され、政府機関からの研究予算が潤沢に与えられて、人工知能の黄金期とも言われた時代だった。
 そしてその成果としては、チェッカーゲームのプログラムが作られてアマチュアレベルのプレイヤーを打ち破ったり、ロボットアームを用いて色や形状の異なるブロックを並べられる認知力のある人工知能が開発された。1960年も中ごろになると、SAINTというプログラムは微積分を解くことができ、ANALOGYというプログラムは複雑な代数の応用問題を解けた。英語を解読できるSIRというプログラムは、本物の知能のように推論ができるようにも思えた。
この頃、ミンスキーたち研究者は知能をトップダウンに捉えて、記号操作的な人工知能を目指していたのだ。つまり人間の知能を記号で表そうとして、諸概念を理解するための命令が作られ定型化した。人間は脳の中でプログラムを実行して、命令を受けながら論理だけに基づいて手順通りに計算し、あらゆる状況で情報処理していると考えたのだ。もしそれが本当なら、同じ命令をコンピューターに教えることができるはずだと。今となっては、あまりに安易な考え方だったのだが。


人類が月面に到達した頃、シェーキーと呼ばれるロボットが登場した。自分の行動を推論できる移動可能な世界初のロボットで、スタンフォード研究所が開発したのだ、背の高い大きなロボットは、細かな命令で各段階の動作を1つ1つ指示されなくても、指令を分析して基本動作の列に分解して実行することができた。マスコミは世界初の『電子人間』が登場したと騒ぎ、月面を地球からの指示なしで探索できるとセンセーショナルに取り上げた。
しかし現実社会では、記号操作的人工知能は役に立たなかった。限定的な実験環境下『マイクロワールド』では動作ができるが、混沌とした日常生活の中になるとプログラムは停止したのだ。国防総省期待のシェーキーが、ジェームズ・ボンドになりそうにないと判明すると計画は潰され、他の人工知能の研究費も大幅に削減された。そして人工知能冬の時代となる。

愛さん「そうですか。確かにチェスとかチェッカーとかみたいなゲームで人工知能が人間に勝つと、人工知能の方が人間より頭が良くなったのかなと、単純に思ってました。単純なルールの中だから計算で推論もできたのですね」
天馬「そうなんだ。現実社会はゲームの中と違って、何が起きるかすべてを想定することはできない。これを『フレーム問題』というが、1969年に指摘された人工知能最大の問題だ。人間は日常生活をする際に、経験上可能性の低い事象は気にしないだろう。例えば道路を歩いている時、空からいきなり隕石が落ちてくるなどとは考えていないはずだ。文字通り杞憂だな。しかし確率的には160万分の1という数値があり、宝くじで1等に当選する確率よりはるかに高い。だが人間は宝くじに当たるかもしれないと考え、隕石には当たるはずがないと考えるものだ。それが人間の持つ常識というものだな。とにかくだ、記号操作的人工知能に、人間のような常識を植え付けようとしたら、ありとあらゆる事象を、確率的にゼロではない現象を、すべてプログラミングしなければならなくなる。それこそ非常識なことだろう」
猿田くん「まあ人間にも非常識な奴がいますが」
天馬「マリリン、常識の言葉の意味は?」
マリリン「ある社会で、人々の間に広く承認され、当然もっているはずの知識や判断力です。出典は大辞林です」
天馬「当然持っている知識と判断力ね。それこそ常識的表現だが曖昧だな。もっと別の表現はないかね、マリリン」
マリリン「一般に学問的知識とは異なり,普通人が社会生活を営むためにもち,またもつべき意見,行動様式の総体をいう。これは経験の集積からなることが多く,時代や場所や階層が異なれば通用しないものもあり,多分に相対的なものである。出典はブリタニカです」
愛さん「ハヤ!なんで瞬時に回答できるの、マリリンは!暗記してるんですか??」
天馬「そんなことはない。検索が速いだけだよ。まあとにかく、この定義だと長年社会生活を営んで、経験を積まなきゃ常識は身に付けられないことになるな。しかも住む社会によって常識は異なるようだし。これを全部コンピューターに入力することは困難だろう」
伴くん「確かにフレーム問題は難問のようですね。で結局、主流派の記号操作的人工知能が行き詰って、非主流派のニューラルネットワークは潰されて、その後人工知能の研究は、どうなったのでしょうか?」

■人工知能の冬の時代

天馬「おさらいだが、人工知能の研究には2系統あったことは話した。主流は人間の知能を記号ですべて表そうとした記号操作的人工知能。非主流派は人間の脳神経ネットワークをモデルとしたニューラルネットワークだ。質問は、人工知能研究は両方とも行き詰って人工知能冬の時代と言われてからどうなったかだったな」
伴くん「そうです」
天馬「世間から人工知能は役立たずと思われ、政府からの研究費が大幅に削減されても、研究者たちは細々と地道に研究を続けていたんだ。それまでは人工的な知能を創ろうと、気宇壮大な目標を掲げていたのだが、もっと現実的に目標を絞り込んだ。
例えばその当時に急成長していたビデオゲームだ。ビデオゲームは元々ルールベースなので、人工知能研究とは相性が良い。だからビデオゲームに登場するキャラクターたちに知的振る舞いをさせ、その成果を実社会に適用することを狙ったんだ。上手い具合にビデオゲーム開発は金銭的報酬も得られ、どんどん複雑化し高度化していくビデオゲームには高い技術力が必要だったのさ」
伴くん「でもビデオゲーム業界は、就職先にはよいかもしれませんが、人工知能の技術がそれほど使えるとも思えませんが」
天馬「そんなこともないんだよ。単純な命令で、エージェントやキャラクターたちを、複雑な行動とか知的な会話をさせるのには、人工知能の技術が役に立ったのさ」
伴くん「それでは人工知能研究は進まなかったのですか?」
天馬「他に人工知能の応用先としては、エキスパートシステムというものがあった。これは特定分野の専門家が使う問題解決のための補助ツールだ。知識と推論を組み合わせて、問題解決を手伝うためのツールなので、人工知能の応用先としてはうってつけと思われた。医者の知識と経験をエキスパートに取り込めば、エキスパートシステムに聞くだけで治療方法を教えてくれるというわけだ」
伴くん「そんなことが、本当に可能なのですか?」
天馬「多少実用的なプログラムがいくつか出てくると、大企業が飛びついてきた。石油採掘用の地質分析プログラム、農家サポート用プログラム、コンピューター会社用のシステムコンポーネント選択プログラム等々が出現し、一気にアプリケーションが広がった。ピークの1985年には、なんと10億ドルという巨額な資金が、エキスパートシステムを開発してる企業に流れ込んだ」
猿田くん「それじゃ人工知能研究者たちは、軒並み億万長者ですね。さすがアメリカだ」
天馬「いやいや、それが伴くんの懸念した通りだ。エキスパートシステムの基本構想はよかったのだが、運用面で実用的ではなかったのだよ。ルールベースなので、最初の想定を超えた状況になると当然ルールを追加していくことになる。実用性を保つにはアップデートを頻繁にする必要があるのだ。ところが命令をどんどん追加していくと、推論の正確性が失われていく。運用コストも膨れ上がり、結局利用者は短期間でシステムを見放してしまったのさ。雨後のタケノコのように、続々と出現していたエキスパートシステムのベンチャー企業は、あっという間に倒産してしまった。優秀な研究者たちは、こうなることを見越していたので、嵐が過ぎ去るのを待っていたんだよ」
伴くん「そういえばその頃の日本では、『五世代コンピューター計画』とかいうものがありましたね」

第5世代


天馬「よくそんな昔のことを知っているね。日本は当時バブル時代の幕開けの頃で、アメリカの社会学者が書いた『ジャパン・アズ・ナンバーワン』の本がベストセラーとなり、日本には勢いがあった。通産省は『電子立国日本』を掲げて安定成長を演出し、半導体ではアメリカを追い落とそうとしていたんだ。そして次は、IBMにやられてばかりいるコンピューターに挑もうと、独創的コンピューターを創ろうとした。それが1982年に新世代コンピューター開発機構『ICOT』を設立した動機で、『五世代コンピューター計画』を産むことになある。日本人工知能学会もまだなく、人工知能の研究者はまだまだ少なかった時代だ。しかしアメリカでのエキスパートシステムブームを睨んで、ここで一気に人工知能に関して世界のトップランナーになろうと目論んだ」
猿田くん「でも失敗したんですね」
天馬「確かに世間一般的には、そのように言われている。10年の歳月と570億円の資金を投入して出来上がったものは、強力な並列推論マシンだったが、そのアプリケーションソフトは、ほとんどなかった。新しいハードウェアに新しいOS、新しいプログラミング言語を開発したものだから、投入された工数は適正だと思うし、計画時の目標は達成している。しかし通産省が予算獲得のために喧伝した人工知能マシンではなかった。人工知能を創り出すのに必要だったのは、強力なハードウェアではなかったのだよ」
伴くん「それでは、プロジェクトスタート時点での目標が間違いだったのですか?」
天馬「いやいや今まで話してきたように、人工知能をどうすれば実現できるかなどは、世界中の誰も、研究者でさえ見当もつかなかった。それは現在でも同じだろう。それに、あの時代に並列コンピューターを実現したことは、技術的にみると優れていたんだぞ」

愛さん「その優れた技術的成果はどうなったのですか?多額の研究費を投入したのに使われなかったのですか?」
天馬「では聞くが、CPUの世界で長年君臨しているインテルという会社は知っているだろう。なぜ数十年もの間CPUという技術革新の激しい分野で、トップシェアを維持できていたと思うかね、伴くん」
伴くん「え~と、世界最高性能のCPUを、常に出し続ける研究開発能力が高かったからでしょうか」
天馬「もちろんそれもあるが、それだけではない。というか、もう一つの理由の方が重要だと思っている」
伴くん「他にですか?大量生産による低コスト化かな」
天馬「いや、低コスト提供ならAMDの方が得意だ。最大の優位性は、下位互換性だ。つまり過去のCPUとの命令の互換性を常に維持することで、既存の膨大なソフトウェア資産を活かすことができるからだ。ハードウェアの性能を高めるだけなら、まったく新しいCPUを設計した方がはるかに良いのだ。HPやAMDや世界の様々なCPUメーカーは、インテルの86互換プロセッサより高性能のプロセッサを何度も出したのだが、ことごとく敗れ去っている。いやインテル自身も下位互換性のない高性能プロセッサを出したことがあるが、市場に受け入れてもらえなかった。
ソフトウェアのないハードウェアは、いくら高性能の演算ができても、なんの役にも立たなかったのだよ。AMDは途中から独自アーキテクチャーをあきらめ、インテル互換プロセッサに絞って生き残ってきたんだ」
伴くん「なるほど、ソフトウェアがまったくなかったから日本の第五世代コンピューターも使ってもらえなかったのですね」
天馬「その通りだ。しかしこの第五世代コンピューターのインパクトはあった。アメリカでは人工知能まで日本に追いつかれては困ると、国内の危機感を煽る材料に使われた。日本では人工知能学会が設立されて、人工知能分野で若い研究者が育ったことが成果ともいえるな」
猿田くん「あれ、それは皮肉にしか聞こえませんよ」
天馬「いやまあ、なんの話をしていたんだ。すぐに脇道ばかりそれていくのは、僕が博学多才だからしかたがないか」
愛さん・猿田くん・伴くん「・・・・・」

天馬「ところでマリリン、予定だと次はどの話だ?」
マリリン「今の第五世代コンピューターの話は予定にありません」
天馬「そうか、その前まで何の話をしていたっけ?」
愛さん「天馬先生、エキスパートシステムまで話をしていましたよ」
天馬「そうだったな。気がついていると思うが、この人工知能講座は、人工知能研究の歴史に沿って、その考え方が生まれた順に説明をする構造になっている。人工知能に関してなにも知らない人に、人工知能とはなにものかを理解してもらうためには、簡単な考えから順に理解していく方が分かり易いと考えたからだ。
ただ何度も言っているが、人工知能研究には、記号操作的人工知能と生物の脳をモデルとしたニューラルネットワークの2つの流れがある。この2つの考え方は、その発想から大きく異なるので、時系列的に混在させながら説明すると混乱してしまう。だから今からは、当時は異端扱いとなっていたニューラルネットワークではなく、正統的な記号操作的人工知能の延長線上にある機械学習から説明しよう。ニューラルネットワークの話は、その後にするつもりだ」

ランチタイム

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