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可能性を信じる力──あの日、店長がくれた言葉
市役所を辞めた。
私にはもう、希望は残されていないんだなと思うと同時に、どこか自由になった気がした。
そんな時に、一軒のレストランを訪れた。
パスタを一品注文したらあとはビュッフェ形式の、オシャレなカフェだった。
私はカフェに強い憧れを持っていたが、パチンコと仕事の往復の日々に疲れ、なかなかそうした場所に行くことがなかった。
そこで店長と出会った。
一品を注文してあとはビュッフェ、という形式は、当時ちょうど流行り始めのスタイルだった。
その店の片隅に、「アルバイト募集中」と、控えめなポップが置いてあった。
私はカフェに強い憧れを持っていた。
市役所を辞めた時、次にどこかに勤めることが出来るなどと思えないほど打ちひしがれていたし、接客業は大好きだったけれど、公務員を選んだ時点でその事についてはすっかりなかったことのように忘れていた。
だが、そのPOPを見て、私は
「ここで働きたい」
と思った。
すぐに連絡を取り、あれよと言う間にバイトが決まった。
仕事は楽しかった。
「まさに天職だ」
と自分でも感じた。
ちょうど流行り始めだったこの店のスタイルは、世間への馴染もよく、大元である寿司チェーンが、2店舗目を出店した。
店長は何でも教えてくれた。
厳しい面もあったが、そこには部下に対する愛情が感じられた。
だから、店長が怒っても、バイト同士文句を言う者はいなかった。
かえって、怒られたことを笑い合って、反省して、お互いそういうことがもう起きないようにしようね、と話のタネになるほどだった。
私が市役所を退庁した理由は、うつ病だった。
通うことが出来なかった。
仕事に行けば仕事はこなせるのだが、仕事に行くことが出来なかった。
店長には面接の際にそれも話した。
障害者手帳の申し込みをしている途中であることも、正直に話した。
面接の間、店長は私の目を見ていた。
即答だった。
「明日から、来れる?」
そんなだったからか、店長も、周りの同僚も、私へのサポートはすごかった。
無理がないように、でも、やるべきことを任された。
バイトが終わるのは夜遅かった。
店長と時々、タバコを吸いながら未来のことや仕事のあり方について語り合うのが好きだった。
ある日、店長がタバコを吸いながら言った。
「お前が誰よりも一番頑張ってるのは、俺が知ってる。一緒に、もっと先まで頑張ってみないか」
私はその時、まだ自分自身に自信がなくて、曖昧な返事しか返せなかった。
だが店長は続けた。
「お前には、可能性がある。そろそろ自分を信じていい頃だ」
その1週間後、私はバイトリーダーに任命された。
バイトリーダーに任命されてからも、それまでと同じ様にみんなからのサポートが入った。
私は頑張り抜き、私の接客が好きで通っている、と言ってくださるお客様も現れた。
ただ、店は、続かなかった。
チェーンの方針で、カフェ業態は中止することとなった。
寿司より収益が取れない、と見たとのことだった。
店長は左遷か、退職かを迫られた。
店長は退職して、自分で道を切り拓くことを選んだ。
調理師一本で働いてきた人が、なんと保険会社に飛び込んだのである。
その時も店長は言った。
「人には、可能性がある。諦めなかったら、その道は続いていくんだ」
私はそこから、自分の可能性を信じてここまで来た。
おそらく、普通にしていたら普通の健常者と何も変わらない暮らしぶりをしているように見えると思う。
そして今、幸せを感じ始めている。
可能性を、諦めなかったからだ。
あの時、店長が真っ直ぐ私の目を見ながら
「お前には可能性がある」
と言った、その言葉を信じて、そして自分を信じてここまで来れたと思う。
店長とは今はSNSでしか繋がっていないけれど、店長の頑張りを今でもリアルタイムで見ることが出来る。
そして、私の頑張りも見ていてもらえていると思う。
深く、感謝したい。
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