【小説】バージンロード vol.15「楠くん」
この一件から楠くんとは更にいいコンビになった。
阿吽の呼吸というか、テンポが合っていた。
「あゆみさん、これ」
「うん、終わってる」
「楠くん、あの件は?」
「はい、終わらせときました!」
二人三脚で仕事をしている感触。
とても心地よい感触だった。
あれという前にあれが終わっている、これという前に準備が完了している、まさに信頼できるパートナー、それが楠くんだった。
ところがある日、私が楠くんに言った冗談で全てが変わってしまった。
「私、楠くんのこと好きだよ」
人間的に好きだということは間違いないが、この時は本当にほんの冗談で言ったつもりだった。
でも、楠くんは、冗談にとらなかった。
「まじっすか?」
「うん、まじで」
「俺本気にしますよ?」
「うん、私も本気だから」
ほんの冗談のつもりだったが、本当に本気になってしまった。
それは私も同じだった。
自分で言った言葉に本気になってしまったのだ。
「キス……してもいいっすか?」
二人きりのシフトの時、初めてキスをした。
それは甘酸っぱく青春の味がした。
そして、罪の味も。
私と楠くんは、これをきっかけに徐々に恋人モードに切り替わっていってしまった。
「あゆみさんのこと、俺大好きっす」
楠くんは、真顔で言った。
「うん、私も大好き」
私もそう返した。
レンの顔を思い出し、チクリと気持ちが痛んだが、もうそれはとまらなかった。
私と楠くんは、仕事上二人で最後までいることが多かった。
それもまた、二人の恋路を手伝ったのかもしれない。
職場恒例となったカラオケに、私が休みの日に行くことになり、私はレンに車を借りて職場までやってきた。
ひとしきり歌った後、解散になったが、楠くん一人残ってしゃべっていた。
せっかくならドライブに行こうという話になり、楠くんを助手席に乗せ出発する。
夜景が綺麗に見える山の上でしばらくしゃべっていた。
ふと会話が途切れる。
「キス…してもいいっすか?」
楠くんが聞く。
「うん……」
キスがエスカレートしていく。
止まらない楠くん。
嫌がらない私。
そのまま最後までしてしまった。
最後の瞬間に、思わずレンの顔がよぎり、我に返った私。
そんな私を敏感に感じとる楠くん。
し終わった後に、何回も
「すみません、すみません」
と謝る楠くん。
返事ができない私。
レンの車は禁煙車なので、そのまま山を下ると、コンビニで一服した。
それでも楠くんは、謝り続けていた。
「もういいよ……ごめんね」
やっと私の口からその言葉が出たのは、タバコを三本吸い終えた後だった。
楠くんは、バイクで帰っていった。
私も明け方の空を見上げながら帰路についた。
次の日も私は休みのシフトだった。
連休は久しぶりなので、何をしようかなと迷っているときに電話が鳴った。
店からの電話だった。
「あゆみ、今日は休みにしてたけど、出勤できないか?」
と店長。
「はい、大丈夫ですけど?」
「楠のやつが胃痛と熱で来れなくなったから、ピンチヒッター頼む」
私はなんで楠くんが胃痛を起こしているか知っていた。
最近私のことで本気で悩んでいることを知っていたから。
私は代わりに出勤した。
「楠の休みと入れ替えて休んでもらうから」
と店長に言われた。
ところが、次の日も楠くんは来なかった。
一週間ほど休みが続いて、店長が話をしにいくことになった。
私は、自分のことがバレることを恐れた。
楠くんの体調よりなにより、自分のことがバレることを恐れた。
そんな自分に気づいたら、楠くんのことを本気で考えていないことに気づいてしまった。
楠くんは次の日から出勤してきた。
私には代休が与えられた。
楠くんはなにも言わなかったけれど、一つの季節が終わったことはわかった。