いろとりどりの真歌論(まかろん) #3 安倍仲麿

天の原ふりさけ見れば春日なる三笠の山に出でし月かも

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 古今集は、AD900年代序盤に編纂されたと言われている。平安時代の前半の終わりごろだ。対して、阿倍仲麻呂は奈良時代に唐に留学し現地で皇帝に気に入られ重用されすぎて、ついぞ日本に戻ることができなかった人。つまり、ブレインドレインの先駆けみたいな人だ。

 亡くなった時代的に、もしその歌が残っていたとしたら万葉集のほうに収録されていたっておかしくない。だが、この歌は万葉集ではなく、古今集のほうにある。それに、それなりに若いころに唐に行って日本文化から離れているはずなのに、この歌はかなり古今集のほうの作風に近いものを感じる。

 例えば、「天の原ふりさけ見れば春日なる〜」は、中国の地にいても奈良にいても天の原と月は変わらず見える、というのが素直な受け止めかただ。さらに、「春日」は「かすか」でもある(古今集はもともとは全文がひらがな表記だった)。「かすかなる三笠の山」だ。春日なる三笠の山の月は思い出せたところで思い出のかなたでかすかだと。そして、「かすかなる身」という文言。

 わたしはこれを、阿倍仲麻呂のエピソードを知っていた紀貫之あたりがネタとして作ったんじゃないかと邪推している。作風が紀貫之っぽい。

☆古今集……コキンシュウ。古今和歌集の略。日本最初の勅撰(勅命きっかけで和歌を蒐集・編纂する政府プロジェクト)和歌集。

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