見出し画像

デヴィッド・リンチがわかった日

アメリカの映画監督にデヴィッド・リンチという人がいる。
1946年1月20日生まれで、現在78歳。
とても不可思議かつ感覚的なアート作品を作る監督で、日本でもTVドラマ『ツイン・ピークス』などの作品でよく知られている。
加えて、監督本人もとてもユーモアがあって面白いのが特徴だ。

このデヴィッド・リンチという人を、誰かにわかりやすく説明するというのはなかなか至難の業だ。
まず言っておきたいのは、監督自身のビジュアルと佇まいが面白いということだ。なんだその上に向かってカールした髪型は!(イカしてる)
煙草をふかしている姿もイケてるし、監督として話をしている時も全然偉そうではなく、どこかひょうきんな感じがある。ちゃっかり俳優として自分の作品やハリウッドの大作に登場したりもしていて、出てくるだけで笑顔になってしまう。

作品は、長編映画が10本、短編が16本前後、その他にもドラマ作品やミュージックビデオを多数作っている。
そのうち、長編映画『ワイルド・アット・ハート』はカンヌ国際映画祭で最高賞パルムドールを受賞していて、その実力は世界のお墨付きだ。

では、その作品の内容はどうなのかというと、先述したように不可思議で不気味で感覚的で、やっぱり言葉にするのは難しい。
例えば、長編デビュー作『イレイザーヘッド』は、
「頭が上にまっすぐ伸びたモジャモジャ頭の男が付き合っている彼女に妊娠を告げられ、生まれてきた鳥のような爬虫類のような赤ちゃんを育てることになる」
というお話だ。
他にも、宇宙空間でレバーを引く男がいたり、ストーブの中にダンスホールがあって女が踊っていたりするシーンなどがあったりするが、このように書いてみても、ちっとも意味がわからない!

TVドラマ『ツイン・ピークス』は、表面上はちゃんとミステリ仕立てのお話になっていて、一般層でもブームになるくらい大人気になったのだけれど、このドラマも他の作品と同じように、FBI捜査官が夢占いで犯人の手がかりを探したり、片腕のない男がかつて犯人と同一の存在で「人の言うコンビニエンスストア、その上に住んだ」とか言い出したり、赤いカーテンの部屋で小人が踊り出したりと、どうしても訳がわからない部分があちこちで起こり続けていた。

この監督の頭の中はどうなっているのだろう。
大学生の頃に初めてこの人の作品を見た時はずっとそんなことを思っていた。監督作には有名なものが多かったので、一応順番に見てみるだけ見てみたが、それでも内容が十分の一も理解できたとは思えなかった。

それから、ずいぶん長い時間が経過した。
僕自身も映画を撮影して、撮った素材を編集をしたり、うまく作業が進まなくて行き詰ったりすることがあった。
そんな時、『ツイン・ピークス』の25年ぶりの続編『ツイン・ピークス The Return』が配信で見られるようになったのだ。編集で疲れていた僕は、何故だかわからないけれど、そのまま視聴を始めたのである。

昔と同じく、やっぱり意味はわからない。ある部屋に箱が置かれていて、その箱を男がじっと見つめている。画面上では何も起こっていない。それだけのシーンが長々と続いたりするのだ。
しかし、僕はそのシーンを見て「これ、面白いのでは…?」と思ってしまったのである。

何も起こっていないのは間違いないのだけれど、効果音なのか環境音なのか、「ゴォォォォォォォ…」という低い音が常にどこかで響いている。カメラも、じっと止まっていることもあれば、ゆっくりと男の方に近づいたり、箱や部屋の中の機材がドアップになったりする。
たったそれだけのことで「今のカットにはどんな意味が…?」とつい思考を巡らせてしまったのだ。そうなると、何もない場面にも急に何かがあるような気がしてくる。
「どうしてこの男はそっちを見た?」
「今、本当に画面に何も映ってなかった?」
「この人はどうしてこんな喋り方をしている?」
と次から次へと疑問が湧いてくる。それはわからなくてつまらないということではなくて、興味を惹かれているということだ。作品世界に没頭するのに、見ている側が「気になってしまう」という状態ほど最適なこともないだろう。

その他にも、足元を見下ろしたら片腕の男がぼんやりと手を振っていたり、半透明の映像が何かの上に浮かんでいたりするようなシーンもたくさんある。しかし、今時のCGや特殊効果で仕上げたらもっとリアルで鮮明な映像にすることもできるのに、そうはしない。
そのリアルすぎない異質な映像こそ、「きっとこういうことなのでは?」という想像を膨らませ、作品の中で起きていることをより受け入れやすくしてくれている気がするのだ。

そういう見方をし始めると、過去の作品も軒並み楽しく見られてくるのだから本当に不思議だ。過去には首を傾げて見ていた場面が、今では全然違う光景のように見えてしまう。
『ツイン・ピークス』の劇場版でも、ある人物が奇妙で滑稽なポーズをしているカットがあるが、劇中ではその行動の意味は全く説明はない。しかし、明らかに意図があるように撮っている。
そういう答えのない出来事の数々も「そういうものかもしれねぇ」と思ったら途端に納得できてしまった。何しろ、この作品では悪魔とも悪霊とも魔の化身とも呼べるような存在が現れ、人間と対立しているのだ(たぶん)。そうであれば、その渦中の人物の行動を普通の感覚と照らし合わせる方が恐らく間違いなのだろう。

意味がわからなくても「そうかもしれない」と受け入れてみる。そして、「これはこういうことでは?」と自分で考えてみる。
前はわからなかったけれども、今はそれがデヴィッド・リンチの面白さだったのではないかと僕は思うのだ。

いいなと思ったら応援しよう!