その記者、信用できますか? -「ニュースの天才」(2003)を見て-
1835年。今から200年近く前のアメリカ・ニューヨークの新聞『ザ・サン』に、ある記事が掲載された。曰く、「月に人間とは違う生命体が存在し、地球とは別の文明を築いている」と言うのだ。ご丁寧にその記事には月世界の住民たちを描いた絵まで掲載された。もちろん、科学が発達した21世紀の現代からすれば、小学生でももっとマシな嘘を考えると言わんばかりの捏造記事だが、当時の読者はこの話を真に受けたそうだ。
ここまで極端な例はさすがにもう無いが、現代でも「報道機関」であるはずの新聞や雑誌が虚偽報道や捏造をやらかしてしまうケースは多々ある。それを取り上げた映画作品も数多くあり、有名どころで言えば、ケイト・ブランシェットやロバート・レッドフォードが出演した『ニュースの真相』(2016)などが挙げられるだろう。
今回取り上げるのは、2003年(日本では2004年)に公開された『ニュースの天才』(原題:Shattered Glass)という映画である。1998年に発覚した政治マガジン「ニュー・リパブリック」の若手記者スティーブン・グラスによる記事捏造事件を取り上げている。上映時間は90分と短め。正直、メジャーな作品とは言い難いが、この映画を製作したのはトム・クルーズが設立した映画会社『Cruise/Wagner Productions』なのだ(トム・クルーズ自身も本作の製作総指揮に加わっている)。そのためだろうか、劇中で主人公のスティーブンが「Show Me The Money!」と言うお遊びがある。
前置きが長くなった。早速本編に入っていこう。
あらすじ
1998年、ワシントンD.C.。25歳のスティーブン・グラスは、アメリカ大統領専用機に唯一設置され国内で最も権威あるといわれる政治マガジン“THE NEW REPUBLIC”に勤める最年少の編集者。彼は斬新な切り口で身近な政財界のゴシップを次々とスクープしてスター記者へと成長していく。一方で、その驕らない人柄から社内外での人望も厚かったスティーブンだが、ある時彼の手掛けた“ハッカー天国”というスクープ記事が他誌から捏造疑惑を指摘されてしまう。そしてそれを機に、スティーブンの驚くべき事実が発覚していく…。(「TSUTAYA サイトより引用」)
若手有望記者の栄光と破滅
冒頭、母校の後輩たちを前に記者生活について語るスティーブン。同僚たちに慕われ、上司からも目を掛けられている。だが、記事の内容に疑念が生じ、それが徐々に捏造したのではないかという方向に進んでいくにつれ、嘘を嘘とも思わず、まるで息するかのように嘘を重ねていく姿に見る側は次第に彼に恐怖を感じていく。個人的に印象的だったのは、以下のシーンだ。
後輩記者が遅くまで仕事中のスティーブンの元に顔を出す。その際スティーブンはとても驚いた反応を示し、パソコンの画面を咄嗟に違うページに変える。次の日、スティーブンが「取材した企業のHP」を提示してきたが、それはとても大企業のものとは思えない、素人が急ごしらえで作ったようなチャチな代物だった……。
ボロが出ないように嘘の上塗りを繰り返していく。記者がすることとは思えない所業に見る側は「どうして」と思わざるを得ない。
「記者」であり続けた編集長
今作の主人公はスティーブンだが、影の主人公は「ニュー・リパブリック」の編集長でスティーブンの上司のチャックだ。
チャックは前任の編集長で皆から慕われていたマイケルとは違い、後輩からの尊敬は薄く、編集長の座も社長からの半ばゴリ押しで決まったようなものだった。しかし、チャックは名ばかりのダメダメ編集長というわけではない。スティーブンの記事が誤報だったことが分かった際は、相手先のネットメディアの編集長とサシで電話で話し、記事の発表を遅らせるよう頼んでいる。だが記事が単なる誤報では無く「捏造」だと分かった瞬間、味方だろうが関係なく徹底的に追及する。後輩記者たちから「記者として平凡」「才能が無い」と揶揄されていたチャックだが、記者としての矜持は持っていたのだ。
そして、スティーブンの記事捏造は今回だけにとどまらず、過去にも何度もやっていたことが分かり、チャックはスティーブンをクビにする。後輩の女性記者がそのことでチャックに突っかかるが、チャックは毅然と反論する。そして最後にはチャックの言い分が正しいと、後輩たちから認められることとなる。
今作は何を問いかけるか
映画の最後、エンドロールにてこの事件が「インターネット報道の先駆的事例」であることが記される。権威ある雑誌メディアが新興のインターネットメディアによって鼻をあかされるという出来事は、その後のネットメディアの台頭を感じさせざるを得ない。実際、Twitter等のSNSにおいて「特定班」と呼ばれる人々が、素早い時間で情報を調べ上げるようなことが起きている。記者としての訓練を受けたわけではない一般の人々が、ネットというツールを駆使することで情報のエキスパートとなっている。一方、『オールドメディア』と呼ばれて久しい新聞・雑誌等のメディアは苦境に立たされている。昨年(2021年)には、日本の主要新聞の一つである朝日新聞が400億を超える赤字を出した(参照)。
しかしだからと言って新聞・雑誌がネットに完敗したわけではない。インターネット上の情報にはフェイクニュースも混ざっており、素人がそれを判断することは中々難しい。そこで新聞・雑誌が我々読者に「正しい情報」を提供することが必要なのだ。報道に携わる人たちはどうか、スティーブンを反面教師として「正しい情報」に基づいた記事作りをしてほしい。「信用」は一度勝ち取れば強固だが、一旦失うと、脆く崩れやすいものだから ───。
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