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『隠れ家』

『隠れ家』 No.074

男はバスルームで、ジッと鏡を見つめていた
そこに映るのは、冷淡な瞳と揺れ動く決意
迷いを振り払うよう大きく息を吐き、熱いシャワーを解放する
勢いよく放たれる音を聞いても、両手は壁から離れない
さっき出会った占い師の言葉が、何度も浮かんでは語り掛けてくる
“アンタ、自分を曲げられない主義だね”
厳重に隠しておいたはずなのに…

寒波が吹きすさぶアーケード街
この町の賑わいは、もうとっくの昔に消え去った
開いているのは僅かな飲み屋しかない
いつもの店で飲んでいると、聴力がその才を発揮してしまう
聞きたくもない愚痴が無許可で侵入してくることに、ほとほと嫌気がさしてきた
半分以上残った酒にも手を付けず、足早に店を出る
“こんな奴らの為に、俺は…”
湧き上がる怒りにも似た葛藤を押し殺す
シャッターの閉まった店の前には、占い師と若い女
横を通り過ぎるとき、風が一際吹き付けた
壁に立て掛けてあった看板がその二人に引き寄せられる
咄嗟に身体が反応し、それを掴んで脇にどけた
女はひっそりと感謝の言葉を告げる
占い師は立ち上がり、無言のまま両手を掴んで手を返した
手のひら、顔、全てを見通した台詞が、内側にある繊細な信念をえぐり出す
苦し紛れの返事のような一言を、何とか捻りだした
湧き上がる反応を悟らせまいと、そこに背を向け、寒空に消えた…

ふと気づくと、その場は重い蒸気で覆いつくされていた
暗雲が立ち込める心に再び問いかける
“…俺の、やるべき事…”
曇った鏡を手で拭う
そこには現れたのは、紅蓮の炎がたぎった覚悟の視線だった…

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