2024年公開シンポジウム「脳組織を人工的につくることの意味を考える~科学者と哲学・倫理学・宗教学者の対話から~」へのコメント
2024年公開シンポジウム「脳組織を人工的につくることの意味を考える~科学者と哲学・倫理学・宗教学者の対話から~」
先ず、自然状態の可視的スケールで人間の脳を観ます。
人間の生体個体脳は、その情報に対する量と処理速度の限界を超えるために、合図・言葉、図示・文字というような聴覚・視覚のメディアを発生し、それを発展させ、コミュニケーション・ネットワークで社会拡張脳の能力限界を高めました(山極寿一先生)。
これにより各個体脳は、相互エージェントとして能力の特化・専門化を進め、ネットワークの上の距離が近い個体脳集団が専門家集団となって、社会的分業共同体組織が構築されました。これ等の専門家集団は、自然観測・観察から生じた知識・応用技術情報を有し、神々とされていきました。天文・気象について、灌漑・治水について、土器(煮炊きで、食料範囲拡張と衛生管理ができた)制作と火の管理、象徴建造物製作技術について、こうした特化能力を保有しました。
それらを社会共同体全体を統率する者(これも主にネットワーク上、最近接の血縁一族特化集団)が纏め上げて、神々の上の神(王)として君臨しました。神と神々との関係は、ギリシアのポリス社会で、各ポリスの自然神とゼウスとの関係等が象徴的です。またユダヤでは、遊牧の小部族が家族長先祖崇拝神(各部族のエル)を、民族統一のためにヤーウェ「在る者」という部族神名に偏重の無い神名を立てて、農耕民(ペリシテ=パレスチナ)の開墾地への侵略「聖戦」を進めた話にも記録されています。(脳の問題とは離れますが、こうした社会共同体発生の「神概念」は、自然現象の力にもpersonificationの作用が生じ、「何か大いなる力、存在」という、後の自然神学的思考法に繋がっていきました。原始・古代期には、その表象が神話として物語られました。)
以上の様な脳あるいはその能力の発展過程を、上で見たメディアの発展と同時に眺めると、情報展開過程ともいえる現象が看取されます。これを思想史では、ブラフマン‐アートマン・モデルで表現したり、ネオプラトニズムの「ト・ヘン」への還帰知性宇宙論となったり、アラビアの知性単一説(E.シュレーディンガーも自説肯定しました。)等に、眺めることができると思います。さらに古代の形而上学でも、知性と情報、即ち、主体と客体とを一致させる「ノエシス・ノエセオス」という根本原理であるエネルゲイアまで、既に考察を進めていました。
そして、現代に至って、コミュニケーション・ツールの圧倒的な技術進歩が起こり、電信・電話、インターネットに繋がったコンピュータで、真空管・トランジスタ・IC・CPU・GPUへという、情報の量・処理速度を指数関数的に高めるベクトルが発生しました。ここに自然言語のLLM-AIが開発されて、人間の社会拡張脳のコミュニケーション・ネットワークに、相互エージェントとして参入してきました。2023 Open AI Dev DayでプレゼンされたGPT-sは、このベクトルで「特化型(専門)」AIのエージェントを発生させるのではないでしょうか?
そしてこの様態こそが、グローバル・ブレインとして表象されたものであると思います。恐らく、このグローバル・ブレインは、生体脳をネットワークに保持する状態を、アナロジーで言えば、生体脳の旧皮質とする気がします。将来は地球の衛星軌道に、量子コンピュータを位置付けたネットワークが構築され、新皮質を発生させるのではないでしょうか?それは次第に、この太陽系の終極に際して宇宙に拡散され、F.ダイソンが言う「宇宙蝶」の様態になる気がします。
さて、可視的スケールから将来の想像の領域にまで入ってしまいましたが、今回のシンポジウムのテーマに即して考察します。
生体脳は神経細胞の組織立った複合体です。それは、上で見た個体脳間のネットワークで社会拡張脳を構築した様態にアナロジーを見せると思います。
社会拡張脳においても、相互エージェント化した個体脳の集団が構成されました。個体脳の内部でも、神経細胞が複合組織し、カラム(コラム)の様な特化型情報処理機能を持つようになるのだと思います。そうした複合組織化が進み、「自律的最適状態の組織化」ともいえるような各脳の部位構成が、個体脳でも生じているのだろうと思います。
こうした脳組織の研究が、脳オルガノイドの研究で進んで行けば、「自律的最適状態の組織化」が、人間個人の「主観意識」=「私」の発生をもたらす段階を明らかにできる気がします。 上の可視的スケールで眺められてきた思想史では、普遍的知性様態、普遍的情報の集合集積様態を説明してきたと思います。ここに情報=知識scientia =science科学の普遍化傾向が現れ、個の犠牲などの問題も生じてきました。その例証に優生思想なども位置付けられます。
しかし、中世アラビアの「単一知性説」に反駁を与え、「個霊の救済」を説いたキリスト教のトマス・アクィナスのように、生物としての両親が準備した質料的条件である胚胎に、固有にその存在エネルゲイアを与えられた人間としての形相である知性的魂(その人)が、その存在を伝達(communicare esse)して誕生するという思考法を、科学的な実証的見地で明らかにできるようになると、思うのですがいかがでしょうか?
ともあれ、この脳オルガノイド研究というミクロなフレームワークが、宇宙自然の情報展開過程全体という最大スケールのビッグヒストリーを、実証的に構築することができる、一つの途であるように思います。