職務放棄先生
時間割に慣れ、休み時間も賑わい始めた。
担任が言ったもんだから毎回席は自由と言うことになってはいるが、なんだかんだ定位置のようなものが決まり始めた。
相変わらず、英語は自習。
最初はそれなりに自習をしていたが、だんだんとサボる奴らが出始めた。堂々と寝る奴、飲食物を持ち込む奴、漫画や雑誌を持ち込み楽しくおしゃべりをする奴らもいる。まぁ仕方ない。なんせ高見先生は毎回コーヒーを持参して優雅な時間を過ごしているのだ。
ところが、高見先生も先生だったらしい。
抜き打ちテストが行われた。
「はい、終了!今から解答を配るから各自自己採点しろー。んで点数だけ!俺が見て回るから教えてくれー。嘘の点数でも、カンニングや偽装工作した点数でもOK!なんでもありだぞー。」
本当に教える気があるのだろうか。いや、無い。神に誓おう。
抜き打ちテスト、しかも自己採点で嘘もカンニングもOK。先生の意図が全く読めない。何がしたいのか分からないまま、クラス全員の点数を見て回り終えた先生が、珍しく教壇に立った。
「はい、じゃあ自習再開!」
教壇に立ったのもつかの間、またいつもの優雅な風景に戻った。
とそこで、1人の生徒がボソボソと喋り出した。
「せ、先生、あの、、、」
普段よく本を読んでいる、大人しい男子だ。名前はえーっと、、、うん。分からない。
「お?どうした?トイレか?」
なわけないだろう、と心でツッコミを入れるだけ入れておいた。
「このテスト、の、意味っ、と言いますか、その、、、解説とかって、あのー、その、、、」
ボソボソと、みんなが言いたいであろうことを呟いてくれた。
「お?解説?どこか解説欲しいところあるか?」
ふぬけた返事はもう慣れた。
「そ、その、抜き打ちテストをされて、解答を配られて、嘘でもなんでもありって言われて、解説もなくって、ってこれはなんなのかなーと、、」
ごもっともな呟きだ。
先生はふざけるでもなく、ただいつも通りだらけた様子で、でもあたかも真面目に仕事をしていますとでも言いたそうな態度で答えた。
「抜き打ちテストを作ってきたから、受けてもらった。点数を集めたかったから、自己採点をその場でしてもらった。ただそれだけのことだ。こんな解説でOKかな?」
違う、そうじゃない。
誰もがそう思ったはずだ。案の定、クラス全員顔を見合わせ、不満のような不安のような、ざわつきを見せた。
不思議な点は色々ある。
点数を誤魔化せるとなると、みんながみんなとは限らないが、まぁ誤魔化した奴はいるだろう。そのせいか、誰も他人と点数を見せ合ったり、比べたり、勝ち負けのリアクションを楽しんだりする者はいなかった。
抜き打ちテストと言われると、その場で周りと見せ合って自慢したりされたりするのを楽しむのが、学校ってものかと思っていた。ついでにそこで芽生える、悔しいとかなんとかいう感情が、勉強する気持ちに火をつけてくれるんじゃないのか?
それに嘘をついていいだとかカンニングもOKだとか、まぁ意味が分からない。
いったいなんなんだこの授業は、、、、
あ、そう言えば、
「先生!満点はいましたか?」
いつもの声のデカい女子が、よく通る声で聞いた。俺の頭を読まれたかと思ったが、まぁみんな気になることだろう。
「満点?たくさんいたぞー。満点が多い席もあったし、やたら多くてちょっと面白かったぞ!ははは!」
なるほど、このクラスの偽装工作やカンニング率は高いようだ。まぁ無理もない。席が自由に甘んじて好きな者同士で席をくっつけている奴らもいる。当然のことだろう。
モヤモヤざわざわしたまま、チャイムが鳴った。
いつも高見先生はチャイムと同時に礼も無く出て行ってしまう。
この日も当然のように、呑気な足取りで
「お!鳴った鳴ったー!ほんじゃ!またなー!」
友達のように手を振って出て行く高見先生。一応担任ではあるが、感覚としてはクラスメイトに近い。
先生としてはかなりヤバいやつだが、不思議と嫌な気持ちはしなかった。偉そうな態度を取ることはないし、覚える気がないと言っていたわりに髪型やキーホルダーの変化によく気付いてくれる。時にはおしゃべりに参加することもある。女子グループが持ってきていたファッション雑誌の恋のお悩みコーナー的なものに、興味津々で会話に参加していた姿は、もう、なんというか、同じ男として恥ずかしさすら覚えた。
他の先生は至って普通だ。先生に対しての言葉遣いや、授業中の態度に指導することもあるし、もちろんだが課題もある。というか普通に授業を進めてくれる。
ところが高見先生は、先生に対する言葉遣いを、逆の意味で怒ることがあった。
「おい!俺が先生だからって、尊敬語を使うなよー。なんか寂しいぞー。」
子どものような、大人のような、素直で、ぶっきらぼうだが優しさのある高見先生。
とてもとても不思議な、クラスメイトだ。
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