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そしてハリウッドは中国色に染まる。(2/3)

前回は、数多くのハリウッド映画で中国に傾斜した内容が見られ、中には製作途中で当初の内容を変更している例が見られることについて概観しました。また、資本面において、中国企業によるハリウッド進出が見られることについても述べました。

今回はこれらについて、アメリカ政府当局者の指摘も踏まえつつ、以下の観点から検証したいと思います。

中国政府によるイメージ戦略か

このように見ると、中国政府が国策としてハリウッド映画をはじめ世界に流通する映画の内容に影響力を及ぼし、歪んだ形で中国のイメージ向上をはかるシャープパワーを行使しているように見えます。

アメリカ・トランプ政権のペンス副大統領は、18年10月の演説で、上述の『ワールドウォーZ』(13年)と『レッド・ドーン』(12年)の例を引き合いに出して、ハリウッドが中国を完全にポジティブに描くことを中国政府が映画業界に要求していると非難しました。

しかし、状況を公平に見るに、これは中国の検閲の間接的影響であって、むしろ意図せざる効果なのだと思います。中国政府が直接的に外国映画の内容を「変更させている」というよりは、中国政府は、むしろ外国文化の中国への流入を警戒しているのです。そのため、外国映画の公開枠を年間64本と厳しく制限しています。

つまり、内容に影響を与えることができるのは、年間64本に限定されるのです。無論、この64本に選ばれるために、より多くの映画が親中国色を競うことになるとは思います。しかし、世界に流通する外国映画の内容を親中国に変更し、国際世論に影響を与えたいのであれば、この本数制限などむしろなくして、専ら検閲でコントロールする方がよいはずです。

また、検閲によって影響を与えられるのは、当然ながら、中国国内で公開されるバージョンについてのみです。前回述べた『アイアンマン3』(13年)のように、映画会社の中には、中国の検閲をクリアするため、中国国内向けに別バージョンを製作する場合があります。その場合は当然ながら、世界における中国のイメージアップの効果は期待できません。

ただし、中国企業が映画の製作に出資する場合には、契約上「単一バージョンの世界公開」を求めてくる場合があるとの証言もあります(NEWSWEEK日本版20.9.8)。

中国企業が映画製作に出資する場合、その企業は中国国外での興行についても利害関係を有することになります。しかし、当該中国企業としても、中国的「歪曲」が世界興行に良い影響をもたないことを本心ではわかっているはずです(すでに述べた『グレートウォール』(16年)は中国ではヒットしたものの、中国以外では悲惨な興行収入でした。それに対し、別バージョンで公開した『アイアンマン3』は、中国国内でも世界全体でもヒットしました)。

にもかかわらず、中国企業がこのような契約を求めてくるのは、企業に対し中国共産党が「単一バージョンの世界公開」を求めるよう指示しているためだと考えられます。そう考えると、その範囲において、中国政府のイメージ戦略が働いていると言うことはできます。

映画技術を盗もうとしているのか

この公開枠制度が、米中合作の映画製作を推進し、関連する技術を盗む手段になっているとの見方もあります。

20年7月、ウィリアム・バー米司法長官は、この公開枠制度によって中国政府はハリウッドに米中合作を強要し、映画製作の技術とノウハウを盗もうとしていると非難しました。

これはつまり、米中合作になれば、中国政府の設定している外国映画公開枠の適用を受けることなく、中国で公開することができるからです。実際に、『グレートウォール』や『アイアンマン3』は米中合作で製作されたため、外国映画枠の適用除外を受けることに成功しました。

しかしこの適用除外を受けるには、中国資本の受け入れ以外に、中国的内容、中国ロケ、中国人俳優の主役級起用など、非常に高いハードルが設定されています。したがって、中国政府が技術とノウハウを盗む手段として積極的に活用しているとまで言えるかは疑問です。

また、中国政府は外貨流出を抑制するため、17年以降、映画をはじめとする海外の娯楽事業への投資を制限する措置をとっています。これは、海外投資を「一帯一路」構想のようなインフラ案件に優先的に振り向ける趣旨と考えられます。この制限措置のため、いくつかのハリウッド映画会社への投資案件がとん挫しています(不動産大手ワンダ・グループによるパラマウント映画への出資計画など)。
(余談ですが、このような中国政府の方針を受け、ワンダ・グループは、むしろ中国国内での映画製作に注力する方針を固め、18年には青島市と協力して建設を進めていた中国版ハリウッド「東方影都」を完成させ、積極的に撮影に活用しています。)

このように、中国政府がこの分野での資本活用を抑制する方針をとっていることを踏まえれば、映画技術を盗もうという下心があるようには見えないというのが率直なところです。

国内世論を管理したい中国

したがって、ハリウッドにおける中国資本の拡大や一連の大作映画の対中配慮の傾向は、基本的には、中国政府が積極的に影響力を行使しようとするシャープパワーの問題ではないと考えられます。

中国政府はむしろ、国内世論への「悪影響」や資本流出に対する防御的姿勢をとっているのであり、それが逆にハリウッドをはじめとする外国映画会社の「忖度」を加速していると思われます。

巨大な中国市場をものにするためには、中国人に好まれる内容にしなければならないですし、そもそも中国の検閲をパスしなければなりません。その忖度が、中国や中国人を美化した映画を生み、その映画が全世界で公開されることにより、結局のところ、世界における中国のイメージアップに多少なりとも貢献する結果となっているわけです。

実態としての中国の存在感

また、実際問題として、中国が世界における存在感を高めていることは事実です。その実態の反映として、中国が大作映画の舞台になったり、中国関係者が活躍することが増えている面は否定できないと思います。

前回言及した『MEGザ・モンスター』(18年)では、マリアナ海溝が重要な舞台となっており、中国人親娘がそこで研究に携わる設定になっていますが、そのこと自体は無理な設定ではありません。

実際、中国はこの海域で海底探査を行っており、20年11月には有人深海潜水艇「奮闘者号」が、マリアナ海溝の水深1万909メートルの海底への潜水に成功し、海溝内の堆積物を持ち帰りました。
(ただし、物語の終盤で中国のビーチが巨大ザメに襲われるのにはやや無理があります。グアムの方がマリアナ海溝に明らかに近いにもかかわらず、巨大ザメがグアムのビーチを無視して中国のビーチに向かうのはおかしいでしょう。)

『オデッセイ』(15年)での、中国国家航天局幹部と秘書(らしき女性)との会話が面白いです。

幹部「なぜ彼らは我々に協力を求めてこないのだ?」
秘書「彼らは我々のことを知らないのでしょう。」

まるで、中国が活躍しない映画をつくる映画製作者は、中国の技術力を知らないのだと皮肉っているようです。この後、幹部はアメリカNASAに協力を申し出て、中国活躍の場面が繰り広げられます。

マーケットアクセスの不平等

中国政府が意図してハリウッドの映画製作のノウハウや技術を盗もうとしたり、世界の映画を親中国的内容に改変することを狙っているわけではないとしても、外国映画公開枠の設定や検閲の存在はそれとして不当なものと言うべきです。

22年5月、アメリカ・バイデン政権のブリンケン国務長官は、むしろこの問題をマーケットアクセスの不平等の問題としてとらえ、次のとおり非難しました。

「長きにわたり、中国企業は中国における米企業と比較して、米市場に格段に大きなアクセスを享受してきた。・・・中国の映画製作者はアメリカ政府によるいかなる検閲もなく、自由にアメリカの劇場主に映画を売り込めるのに対し、中国政府は中国で公開できる外国映画の数を厳格に制限し、かつそれらの映画は中国による綿密な政治的検閲を受けねばならない」(’22.5.26)

アメリカは、以前より中国による外国映画公開枠(本数制限)の撤廃を求めており、07年にはWTOに提訴しました。その結果、幾分制限が緩和されて公開枠が広げられ、ようやく現在の年間64本となっていますが、まだまだ不当な制限と言うべきでしょう。

(つづく)

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