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そしてハリウッドは中国色に染まる。(3/3)

これまでハリウッドに見られる対中傾斜の状況とアメリカ政府関係者の反応、中国の思惑について見てきました。

今回は、特にウォールト・ディズニー社と中国の関係の変化を見たあと、全体としての背景と評価について考えたいと思います。

ディズニーと中国の蜜月

冒頭に紹介した『クンドゥン』(97年)で中国政府を激怒させた製作会社ウォールト・ディズニー社は、香港ディズニーランドと上海ディズニーランドの企画を前進させるため、中国政府との関係修復に苦労した模様です。最終的に、香港ディズニーは05年にオープン、上海ディズニーは16年にオープンすることができましたが、それまでには紆余曲折があったようです。

中国政府高官への働きかけのため、ディズニーがヘンリー・キッシンジャー元国務長官を雇ったとも言われています(’17.12.27FT紙)。また、トランプ政権のバー司法長官は、中国とのディールとして、ディズニーの経営の中枢に中国政府の役人を招き、上海ディズニーランドでは300人の中国共産党員を雇用することとなったと指摘しています(バー司法長官’20.7.17)。

なお、12年にルーカス・フィルムを買収したディズニーは、『ローグ・ワン/スターウォーズ・ストーリー』(16年)で中国人俳優ドニー・イェンとチアン・ウェンを重要な役で登場させていますが、これがディールや忖度の一環であるかはわかりません。しかしながら、近年ではむしろディズニーと中国との関係が緊密なものとなっていることが伺えます。

マーベル・エンターテイメント社が『ドクターストレンジ』(16年)で、重要なチベット出身キャラクターをケルト人に変更したことは既に述べましたが、マーベルの親会社は、同社を09年に買収したディズニーです。

20年6月、中国企業バイトダンスは、その傘下にある動画共有アプリ「TikTok」を運営する米国法人のCEOとして、ディズニーで動画配信部門を率いる幹部であったケビン・メイヤー氏を迎え入れました(同氏はその後、TikTokに対する米国内の懸念の高まりを背景に、同年8月に辞任しました)。

また、中国の伝承物語『木蘭』をベースに98年にディズニーが制作したアニメ映画『ムーラン』の実写版(20年)の制作にあたり、少数民族ウイグル人弾圧が批判される新疆ウイグル自治区で撮影が行われました。そのこと自体はともかくも、エンドクレジットでウイグル人弾圧の当事者である自治区の政府機関に対する謝意が示されました。

最終的にウイグル自治区で撮影された映像は1分程度の背景映像として用いられただけといいますが、ディズニー社がエンドクレジットで当局に謝意を表明したことに対しては、アメリカ国内でも非難の声が高まりました。

映画マーケットとしての中国の重要性

このようなハリウッドの対中傾斜の背景には、言うまでもなく映画マーケットとしての中国の重要性があります。

中国における人口増大と経済成長により、中国における映画市場は急速に拡大しています。

Motion Picture Associationの年次報告を遡って確認したところでは、コロナの影響が出る前の19年の国別興行収入では、アメリカとカナダを合わせた北米市場が114億ドルなのに対し、中国は93億ドルとなっています(ちなみに、日本は24億ドルです)(MPA“2019Theatrical Home Entertainment Market Environment Report” Mach 2020)。15年の時点では、北米111億ドル、中国68億ドルですので、4年間で北米が2.7%増なのに対し、中国は37%増です。

この間の中国の経済成長率は6~7%の間で推移していますので、経済成長率を大きく上回る割合で映画産業(興行)が拡大していることがわかります。経済がある程度良くなってくると、生活する上での基礎的なニーズから、より娯楽や文化を楽しむ方向に支出が拡大し、そういった面での市場が加速度的に拡大することがわかる顕著な事例だと思います。

20年以降は、コロナの影響で各国の映画興行収入が激減し、未だコロナ前のレベルまで回復していません。そのため、先行きがどうなるかは不透明ですが、早晩、中国の映画市場が世界一となることが見込まれます(数字上では、20年の時点で中国30億ドル、米加22億ドルとなり、すでに中国市場が世界一になっていますが、コロナ禍という極めて例外的な状況のもとであり、有為なデータとは言えないでしょう)。

歴史と映画文化への背信

中国政府が戦略的・戦術的にハリウッドに影響力を及ぼそうとしているとまでは言えません。しかしながら、数々の具体的事例から、全体として中国の描かれ方が中立的でなくなっていると言わざるをえません。米国の大きなソフトパワーのひとつであるハリウッドが、同時に中国を美化し、ある意味で中国のソフトパワーにつながるという皮肉な結果になっているのです。

映画というものは、芸術の一形態ですが、大衆娯楽でもあります。テレビ番組などと同様に、世の中の重大な関心事や世相が反映されやすいものですし、それがまた映画の面白いところでもあります。

第二次大戦後の復興の時期には、特に敗戦後の復興に苦しむイタリアや日本で、貧しさの中で苦労する人々についての名作映画がつくられました。米ソ冷戦の時代には、アメリカやイギリスで、ソ連や東側に対する恐怖を反映したスパイ映画や核戦争の脅威をテーマにした映画が多くつくられました。先進国で公害問題が深刻になれば、未来を悲観する映画が多くなり、ヘドラなどという公害怪獣も出てきます。ベトナム戦争の泥沼を率直に描いた映画は数え切れません。

現在の世界において、中国は専ら脅威としてのみ存在しているわけではありません。ただ、中国市場への忖度のために、中国や中国人の良い面だけがクローズアップされるのは受け入れがたく感じます。

中国政府・中国共産党には、「都合の悪い真実」があったとしても、それを事実として認め、それを公にしたうえで解決する努力をしてこそ、真に国民に支持されるのだということを認識してほしいと思います。

ハリウッドをはじめとする映画製作会社の側では、「賢く」立ち回らなければならないという事情はよくわかります。それでも、関係者の中には、この状況に抵抗せんとして闘っている人も少なくないのだと思います。その方々を心から応援したいと思います。

中国は敵ではありませんが、その行動に対して確かに懸念はあります。その不透明で非民主的な存在にはやはり恐怖を覚えます。そのような感覚が、映画の世界において「なきもの」にされ、中国がもっぱら美しく描かれるのは、歴史と映画文化に対する背信とも言えるのではないでしょうか。

マーヴェリックのジャケット

今回の連載の1回目の冒頭で、『トップガン マーヴェリック』での主人公マーヴェリックのジャケットの話をしました。

前作でジャケットの背中についていた日の丸と台湾旗が、『マーヴェリック』の前宣伝では別の旗に替わっていたという件ですが、最終的に映画本編では元の旗に戻りました。20年時点でのアメリカでの予告編とアドバンス・ポスターではワッペンが替わっており、アメリカで批判が高まったのですが、現在公開されている本編では、元のワッペンになっていることを私も映画館で確認しました。日本公開版でそうなっているということは、おそらく中国以外ではもとの日の丸・台湾旗のバージョンで公開しているのだと思います。

当初『マーヴェリック』の制作に出資していた中国企業テンセントが手を引いたという報道もあり、それが影響したのだという見方もあるようですが、私はむしろ逆だと思います(パラマウント映画はこの件についてコメントを控えています)。

2年前にロバート・オブライエン大統領補佐官が公の場でのスピーチで指摘するなどしたため、この問題があまりにクローズアップされ、パラマウント映画もかなり居心地が悪かったはずです。

そもそも、『トップガン』シリーズは、敵と戦う映画です。一方、中国は南シナ海、台湾、香港をはじめ国際秩序に挑戦し続けており、トランプ政権以降現バイデン政権に至るまで、アメリカは中国を「最重要の戦略的競争相手」(米「国防戦略」'22.3月)と明確に位置付けています。

『トップガン』がこのような国に対してとる姿勢として、「これでよいのか」とパラマウント幹部は自問したのでしょう。他の映画ならいざしらず、こと『トップガン』と中国への「弱腰姿勢」は相いれず、国際的興行にはマイナスになると判断したのだと思います。

その判断の結果、ジャケットはもとに戻し、それに強く反対したであろうテンセントには出資を取り下げてもらったのではないでしょうか。そう考えると、『トップガン マーヴェリック』が、内容以上に素晴らしい映画に思えてきます。この顛末は、ハリウッドの他の映画会社の姿勢にも影響を及ぼすでしょうか。

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