目に見えるものだけが真実とは限らない。
どうも、くまはんです。
日本の気温に慣れてきたような気もする一方で、なんだか熱中症気味な気もします。
ゆったりと順応していけたらなと思いますね。
「新しい鞄を買うと街中の鞄が増える。」
といった言葉があります。
僕は知らなかったのですが村上春樹氏の『1Q84』という作品の中で登場する一節の様です。
自分が新しい鞄を買うと街中の鞄の総数が増えた気がする。
実際はそんなことはなく、ただ自分の興味のあるものがより目に映りやすくなるってだけなんですけどね。
カクテルパーティー効果の拡張版的な?
カクテルパーティー効果というのはあれです。
雑音の中でも自分の名前や自分に関連する情報には敏感に反応し聞き取りやすいってやつです。
言い方は少し違いますけど、
「人って見たいものを見たいように見る」
ってのとほぼほぼ同義ですよね。
なんだか僕が普段見てるものも見たいものなんだなと感じることが多々あります。
日本に帰ってから外国の方が目に入るなんてのは結構いい例かもしれません。
なんだか半年前よりも外国人観光客が多いような気がします。
ただそれは自分が海外留学を経て、外国人に対するセンサーがより強く働いているからなのかがよくわからないんですよね。
これに準じて街中の英語へのセンサーも。
だから今の自分って日本をフラットに観れてない気がするんですよね。
ヴィーガンだとかLGBTQとか、人権だとか国際情勢だとか。
そういった物事に対して自分は「見たい」と思っている。
だからこそ自分は今、「見つけようとしている」状態な気がする。
日本もそういった関心が増えてるのか、それとも僕の関心が増えただけだのか。
見つけ出そうとしなくても目に入る状態なのか。
それとも見つけ出そうとしないと目に入らないのか。
意外とこういう視点て大事なんだろうなって思います。
例えばこのnoteもどういう人に見られるのか。
きっと僕と似たような興味関心の人がほとんどです。
そらそうですよね。
僕も普段自分とは異なる人とのnoteってあんまり見ないので。
今後社会に出ても自分の行う仕事はその仕事に興味関心がある人にだけ届くと思うんですよね。
そこを思い上がったり勘違いするときっと碌なことにならない。
自分を見てるのは自分と同じような人だけ。
そう思うと少しだけ楽になれませんか?笑
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