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【ショートショート】ふっかつのじゅもん(2022文字)

2023.1.22追記
すーこさんに朗読していただきました。


病室の窓からカーテン越しにさす朝日でわたしは目が覚めた。
入院してからもうどれくらいの時間が流れたのだろうか。
今日が何月何日かすらわからなくなってしまったのは、脳が老化したせいなのだろう。なにしろ平均寿命をとうに越えているのだから、体のあちこちにガタがきてもおかしくない。
 
子供の頃、仲の良かった友達はみんな先に旅立ってしまっている。
楽しかったこと嬉しかったこと悲しかったこと嫌なこと、いろんなことがあったが、思えば良き人生だった。
 
この頃、よく祖母のことを思い出す。きっとあの心残りのせいだろう。
幼かった頃のわたしはおばあちゃん子だった。両親が共働きだったせいもあってか、なにかとおばあちゃん、おばあちゃんと言っては祖母にまとわりついていた。

祖母が天寿をまっとうしたのは私が小学2年生の時だった。

今のわたしよりもずいぶん下の年齢だったが、当時の平均寿命から言えば、天寿をまっとうしたという表現は妥当だろう。
祖母を見舞いに、両親に連れられて病院に行ったことがある。
祖母はわたしと一緒に遊んでくれていたころに比べ、手足は細く、顔に刻まれた皺は深くなり、ベッドから身を起こすだけでも大変そうだった。

「もうそろそろお別れね。お父さんお母さんのいう事を聞いて、良い子でいてね」祖母は笑顔で言った。
「やだよ、おばあちゃん。早く良くなって、また一緒に遊ぼうよ」
わたしは涙を浮かべて、祖母の胸に顔をうずめた。
祖母はわたしの頭をなでなでしながら、諭すように言う。
「ごめんね。でもそのお願いは神様でも叶えられないんだよ。人はね、いつかいなくなるものなのよ」

その時、わたしはあることを思いついた。子供のわたしには、それが下らなく、バカバカしい事だとは、まったく思えなかったのだ。

「大丈夫だよ、おばあちゃん。わたしがおばあちゃんを助けるから!次にわたしがくるまで待ってて!約束だよ!」

家に帰った私は、ゲーム機に電源を入れ、遊ぶことを止めていたRPGゲームを起動した。
翌日からは学校が終わると、走って家に帰り、夜遅くまでゲームに没頭した。
そのゲームはラストの大ボスを倒して、さらに裏ボスを倒すと、最強の復活の呪文を手に入れることができるのだ。
その呪文を唱えると伝説の勇者としてよみがえり、ゲームの二周目に入れるというものだった。
 
ゲームをクリアするのは大変だったが、ゲーム好きの友達たちから情報をもらい、なんとか最強の復活の呪文を手にすることができたのは、祖母を見舞いにいってから1か月以上たっていた。
真夜中近く、ようやく最強の復活の呪文を手に入れ、それをメモに書きおえた時、家の電話が鳴り、電話に出た母から祖母が天国に行ったことをわたしは知った。
間に合わなかった。私はメモを握りしめ、大声で泣いた。

祖母の葬儀の時、わたしは、何度も心の中で復活の呪文をとなえた。でも静に寝ているかのように祖母はぴくりとも動かなかった。
ごめんねおばあちゃん、心の中で祖母に謝りながら、クシャクシャにしてしまった最強の復活の呪文を書いたメモを、棺の中の祖母の手元にそっと置いたのだった。

本当に子供だった。でもせめてもっと早く復活の呪文を、祖母に手渡してあげたかった。
きっと祖母は笑顔でわたしの頭をなでて、ありがとうと言ってくれたはずだ。
もう一度祖母の笑顔を見たかった。今はそれだけが心残りだった。

その日、孫娘が半年ほど前に生まれたひ孫を連れて見舞いに来てくれた。
なんでも旦那さんが仕事で1年ほど海外赴任することになり、一緒に行くことしたのだそうだ。
どうやら、孫娘とひ孫に会えるのも、これが最後になりそうだ。
孫娘もわたしに似たのかおばあちゃん子で、ずいぶんと甘やかしたせいか、仕事が楽しいからと言ってはなかなか結婚する気配を見せず、いつになったらひ孫の顔が拝めるやらとハラハラさせられたこともあったが、ようやくおばあちゃん孝行をしてくれた。

孫娘とは他愛のない世間話をして過ごした。何気ない日常が今は愛しく感じられる年にわたしはなった。

帰り際、もう一度スヤスヤと眠っているひ孫の顔を見せてもらう。
「またあんたと会えるかねぇ」と寝顔のひ孫に言うと、孫娘は「絶対あえるから」と言い、そっと紙切れをさしだす。

古く黄ばんだクシャクシャのメモだった。
「これ覚えてる?」孫娘は言った。
目を見張った。忘れるものか。これはわたしが、祖母のために書いた最強の復活の呪文のメモだ。でもどうして、なぜこれがここに?

孫娘はそっとわたしの頭をなでた。
「ありがとうね。おかげで私はこうしてまた会えて一緒に時を過ごすことができたよ」
え、それって・・・。
「復活の呪文、忘れないでね。神様の前でちゃんと言うんだよ。ほんのすこし時間はかかるけど、必ず復活できるから」
そういう孫娘の笑顔が懐かしい祖母のそれと重なって見えた。
孫娘はわたしの頭をなでなでしながら、耳元で小さくささやいた。

「今度は、また私があなたのおばあちゃんになるね」


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