【オチなし話】雑です、大坂さん4~大坂さんとドッペルさん(6/6)~
住宅街の中にある、その喫茶店は『水車館』という名前だった。
店長は綾辻行人のファンなのだろうか。
まぁ、人形館とか黒猫館とか時計館とかよりは、喫茶店らしい名前だ。
席に着くと、僕はミルクティーを、大坂さんはミックスジュースを、萌花さんは、ウィンナコーヒーとイチゴのショートケーキとチーズケーキとザッハトルテを注文した。
え、全部ひとりで食べるんですか?
「あの、萌花さんは、セントバーナード犬を散歩に連れてましたよね。でも、大坂さんは家ではペットを飼っていないって・・・」
注文が来るのを待ってから僕は、気になっていた言った。
「ああ、この前、会ったときのワンちゃんのこと。あれはバイト」
「へ?バイト?」
「東くん、萌花お姉ちゃんは、犬の散歩をさせるバイトをしてたんやよ」
と大坂さんが説明してくれる。
「この前の文化の日で、そのバイトも終わったけど。なかなかゆう事きいてくれんワンちゃんやったなぁ」
と萌花さん。
なるほど。だから、今日、いくら待っても駅前に姿を現さなかったのか。
「ところで、きみ。さっき、わたしのこと、マジンガーとか言わんかった?」
「いえ、ドッペルゲンガーです。マジンガーと全然、似てませんから」
「そうそう、そのトッペルさん。それってなんなん?」
僕は、ウッとなったが、覚悟を決めて、一部始終をすべて話すことにした。
「・・・というわけでして」
「わはは。なんなんそれ。わたしが白詰草の分身、ドッペルさんやと思われてたんか」
萌花さんは、おなかを抱えて笑う。笑い上戸だ。
一方、大坂さんはと言えば。えっ、東くんってストーカー?といわんばかりの顔をして少し引いていた。ですよねー。
「いや、だってよく似てましたし・・・。だから気になって・・・」
とりあえず、僕は弁明する。
「そら姉妹やし、年も一つ違いやもん」と萌花さん
「それに、この前は、突然消えるし。ドッペルゲンガーかと思ってもおかしくないですよ」
「いや、消えた覚えなんか、ないけど」
「だって、本当に消えたんですよ。文化の日、萌花さんは、犬を連れて、コンビニの手前の、大通りに抜ける道に入って行きましたよね」
「うん。入ったよ。で、大通りに出た。いつもの散歩のコースやけど」
「でも僕も後を追って入ったけど、通り抜けの道は誰もいなくて、道を出たところで喋っていたおばさんたちに聞いても、僕以外、誰もここから出てこなかったて言ってましたよ」
「あのさ、東くん」
大坂さんが言った。
「駅前から少し行ったところにあるコンビニのこと?あそこ、通り抜けの道を挟んで、同じ直営店のコンビニが二軒並んでいるって知ってる?」
え?僕はきょとんした。いや、一軒しか僕の目には・・・。
そうか。僕は額に手を当てた。
電話ボックスの中から僕は萌花さんがコンビの手前にある通り抜けの道に入るのを見た。
だけど、それは電話ボックスの大部分がシールを貼られていて、左側の端の隙間からだ。もう一軒横に並んであったコンビニは、貼られたシールで見えてなかったんだ。
「ちなみに、わたしが入ったのは奥のほうにあるコンビニの手前の道だけど」
じゃ、僕は間違えて、最初にあるコンビニの手前の道を入ったのか。だけど・・・。
「で、でも宅配便の車がいた道を曲がりましたよね。僕もそれを目印にして曲がったんです」
「いや、それはあかんとちゃうかな。動くものを目印にしたら」
と萌花さん。
「きみ、すぐに公衆電話ボックスから出た?なにかして時間がかかっている間に、宅配便の車が隣の最初にあるコンビニの横の通り抜けの道へ動いたんとちゃうの?」
萌花《ほのか》さんの指摘で思い出した。
そういえば、あのとき、母からスマホに電話がかかってきて、僕は数分間、外を見ていなかった。
たった数分間だったけど、タイミングによっては宅配便の車が移動するのに十分な時間だったのかもしれない。
なんてことだ。
僕は1本横の、違う通り抜けの道に入っていたのだ。
消えたのではなく、はじめから僕とは別の通り抜けの道を萌花さんとセントバーナード犬は歩いていたのか。
『お兄ちゃんは自分の見たいものしか目に入らなかった、自分の聞きたいことしか耳に入らなかった、それだけだよ』
妹の悠梨の言葉が脳裏にリフレインする。確かにその通りだった。もしかして、悠梨には、わかっていたのだろうか。まさか。
「さて、いろいろな誤解もとけたようやし、わたしは先に帰るわ。あとは若い二人にお任せしますから」
などと、お見合いの仲人のようなことを言って萌花さんは手をヒラヒラとさせて、喫茶店を出て行った。
注文したケーキたちは、綺麗に平らげられていた。いつの間に食べたの?
僕と大坂さんの二人が残る。少しだけ気まずい空気が流れた。
「東くん」
最初に口をきったのは大坂さんだった。
「さっきはかんにんな。思わず怒鳴って」
しおらしく謝る大坂さん。
「いいってば。それに原因は僕がなにか怒らせるようなことを言ったからなんだろ」
「昔のことなんだけど。あたし小さい頃は体が弱くて、家族のみんなに心配や迷惑かけてた。仲の良かった友達も、あたしがしんどそうなときにランドセルを持ってくれたりして・・・。でもその友達がいなくなった時に、あたしは思ったんや。もっと強くなろうって。誰からも心配されないようになろうって」
大坂さんは寂しげにほほ笑んだ。
「これでも一生懸命努力したんやで。そばに萌花お姉ちゃんっていうお手本があったから、いつも真似して・・・」
ああ。ひとつ違いの姉妹だから似てるのは当然だと思っていた。
けれどそればかりじゃなかったんだ。子供の頃の大坂さんは意識して萌花さんのようになろうとしていたのだ。言葉使いや考え方を似せようとして。
「そして、あたしは強くなった。そう思ってた。人から心配される側やなくて、心配する側になったっんやって。だけど、さっき東くんに心配して言ってるんだって言われて・・・。あたしはまだ頼りないんかな、弱いんかな、そう思われてるんかなって・・・。今までの努力が否定されたような気がしてつい東くんに八つ当たりしてもうた・・・」
「大坂さんは強いよ。少なくとも、僕なんかよりずっと、さ。だけど大坂さんがどんなに強くても、僕はきっと大坂さんのことを心配すると思う。
好きの反対は嫌いじゃなくて、無関心だって誰かが言ってた。それが本当なのかどうかはわからないけれど、無関心でいられないから、心配するんだよ、僕は。大坂さんが心配って言葉が嫌いなら、言い換える。僕は大坂さんに心を配りたいんだ。それじゃだめかな?」
「心を配る・・・」
大坂さんが僕の言葉を反芻する。大坂さんの瞳がうるんでいるのが分かった。
「わかった・・。東くんがあたしに配ってくれた心、受け取るから。・・・だから、あたしも東くんに心を配ってもいいのかな・・・」
僕は頷いた。
「僕は弱いし、方向音痴だし。いろいろと大坂さんに迷惑かけると思うけど、頼りにしてるよ」
「うん。わかった。じゃあ、また明日、一緒に学校に行こうね。お父さんたちも帰ってくる頃だから、あたしも家に戻るから」
大坂さんはそう言って、椅子から立ち上がった。
「大坂さん」
僕は大坂さんの手を急いで掴んだ。思わず、力が入る。
「・・・東くん、痛い。手を放してくれへんかな・・・」
「やだよ。いい感じのままでここの代金を払わずに、僕に押し付けて、お店から出て行こうとしてるよね、大坂さん。まぁ、自分の飲み食いしたお金を払わずに出て行った萌花さんも結構ひどいけど」
大坂さんは、チッと舌打ちした。
「朴念仁のくせに、こういう細かい事だけは気が回るんやから」
「今、なにげにひどい事、言ってない?」
「いっとくけど、こういう場では、男が全額払うのが、万国共通のマナーなんやで」
「知らないよ。僕は僕が飲んだミルクティーの分だけ払うから、大坂さんは自分の分と、萌花さんの分を支払うのがスジだろ」
「なんで、あたしが萌花お姉ちゃんの分まで払わなあかんの」
「君のお姉さんじゃないか」
「お金が絡んだら、姉妹でも、赤の他人と一緒や!」
「はい、暴言いただきました。でも、それなら僕はもっと赤の他人なんだけどね」
「・・・じゃ、百歩譲って、割り勘にしよ」
「やだよ。それでも僕が損してるんだから。僕は自分の分しか払わない」
「ぐぬぬ。東くんの甲斐性無し、鬼、悪魔、ヘタレ」
「なんとでもいってくれ」
はぁぁぁ、と大坂さんは大きくため息をついた。
「わかりました。ちゃんとあたしと萌花お姉ちゃんの分を、払います。それでええんやろ、それで」
完全にふてくされ顔の大坂さんだ。
「分かってもらえて嬉しいよ」
「だったら、ええ加減、手を放してや」
大坂さんが恨めしそうに言う。はいはい、と僕は掴んでいた大坂さんの手を放す。
次の瞬間、大坂さんがお店の窓の外、通りを指さして叫んだ。
「あ、東くんのドッペルさんが歩いてる!」
え、なんだって?僕は慌てて大坂さんが指さす方を見た。僕に似た人など誰も歩いていない。
いないじゃないか、と振り返ったら、本当に大坂さんの姿がいなくなっていた。
「大坂さん!」
お店のレジの方を見た。
「あ、お会計は、連れの者がしますから。ご馳走様でした」と、レジの店員さんに早口で言って、お店から逃げるように小走りで出ていく大坂さんの後ろ姿。それはまさに鬼の所業であった・・・。
* * *
「いやー、思い出すなぁ。ドッペルさんのときのこと」
大坂さんは懐かしそうに言う。
「いや、いい思い出風に言うのはやめてよ。生まれて初めてだよ。女の子に食い逃げされたのは」
「食べてたのは萌花お姉ちゃん。あたしは飲み逃げやん」
「逃げたのは認めるんだね・・・」
あれから僕は、所持金では三人分の代金を支払えず、妹の悠梨に電話して、助けを求め、借金するという情けない羽目に陥ったのだった。
妹に借金する兄というのは、いかがなものだろうか。
以上が、数か月前、僕が転校したばかりの頃にあった、ドッペルさんの話になる。
それは決して楽しい記憶ではない。なにせ、人生初の借金の思い出なのだから。
「ね、東くん。もしもだけど、あたしのドッペルさんって、どっかにおるんかな?」
「大坂さんは、ドッペルゲンガーがいて欲しいの?」
「うーん。よくわからへんけど・・・。もしいたら、東くんはどう思う?」
「いないさ、大坂さんのドッペルゲンガーなんて。大坂さんは大坂さんで、誰にも似ていないし、似てる誰かなんて、この世にはいないよ」
大坂さんは僕の返事を聞くと、えへへと笑って、僕の傍らにくっつこうとする。
「ちょ、ちょっと、大坂さん。くっつきすぎだって」
「ええやん。今日は東くんにくっつきたい日」
「そんな日、いらないってば」
僕は、ずっと昔の懐かしい歌を口ずさんだ。
「それ、なんて歌?」と大坂さん。
「サイモンとガーファンクの『ボクサー』って歌。好きなんだ」
「うん、いい歌やね」
「今度、CD貸してあげる。ただし、借りパク禁止」
「ひどい言われ様やなぁ。あたしが、今までそんなことしたことある?」
「飲み逃げならあるだろ」
「う、反論できへん・・・」
僕は、『ボクサー』の続きを歌った。大坂さんは何も言わず、だまって聴いてくれている。
あと1か月もすると、僕と大坂さんは中学3年になる。
【終わり】
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