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【61冊目】クレヨン王国の十二か月 / 福永令三
仕事初めです。
本日17時-24時半です。
長かったお正月休みも終わり、今日から仕事初めという方も多いのではないかと思いますがね。長い休みをとった後というのは社会復帰が大変だったりするわけですから、なるべく早くペースを取り戻していきたいものですね。当店も今日から通常営業です。そんな通常営業を取り戻すための当店月初のお決まりといえば、そう、ウィグタウン読書部ですね。
というわけで昨年12月の課題図書は福永令三『クレヨン王国の十二か月』。いわゆる児童文学というやつですがね。私もこれを児童の時に読んでいた記憶がある。シリーズで何作もあり、それらを連読していた記憶もある。しかし内容は一切思い出せない。そんなことを言いながら先月を過ごしていたわけなんですがね。『クレヨン王国』という単語を聞いたみなさんのリアクションもまちまちで、私のように「あー!懐かしい!」となる方もいれば、「いや、知らないっす」となる方もいて、私なんかはこの単語はある程度の普遍性をもって世代地域性別を超えて共有されているものだと思っていた。しかし意外とこの単語を共有している世代は狭く、私はまずそれに驚いた。児童館とか、公民館とか、図書館とか、とにかくそんな公共福祉施設には必ず置いてあるようなもので、それは例えば昔ながらの床屋における『ゴルゴ13』だったり、町中華における油まみれの『美味しんぼ』みたいなもので、そうして連綿と紡がれてきた文化だと思っていたんですがね。まぁでも、意外とそんなもんですよね。自分が世界の中心だと思っていた作品が、全然世界の中心なんかではなくて、むしろ外れの、かなり外れた場所にぽつんと置かれているなんていうのはよくあることですよね。しかし、忘れてはいけない。たとえその作品が世界の中心になかろうとも、その作品を中心に世界を描いた人もいるということを。共感の幅が狭くなればなるほど、その強度は増すということを。まぁ、そんなこと言ってはみるものの、私も中身はすっかり忘れている。なんなら読んだかどうかさえ疑わしい。しかし知ってる。大きなノスタルジーを持ってこの単語を聞いたわけなんですがね。みなさんはいかがでしょうね。この作品、ご存知ですかね?読んでいきましょう。
さて。
例によってここからは【ネタバレ注意!】となるわけなんですがね。物語はクレヨン王国のゴールデン王様が、シルバー王妃の悪いクセにほとほと愛想が尽きて家出するところからスタートする。12色の大臣たるクレヨンたちと、その中心でころころ色を変える総理大臣たるカメレオンは、困り顔で王妃に王様を探して連れ戻すように依頼するわけなんですがね。王様の置き手紙に曰く、王妃の悪いクセは全てで12個あり「ちらかしぐせ、おねぼう、うそつき、じまんや、ほしがりぐせ、へんしょく、いじっぱり、げらげらわらいのすぐおこり、けちんぼ、人のせいにする、うたがいぐせ、おけしょう三時間」である、と。七つの大罪よろしく12の悪いクセってわけなんですがね。そうして12色のクレヨン大臣がそれぞれ治めている12の月をめぐる、王様を探し出す旅がスタートする。1年を構成する12の月に、それぞれのクレヨンを配色して、さらにそこに12の悪いクセが配置される。王妃は人間の女の子であるユカちゃんをお供に、一月ずつ王様を探していき、同時に悪いクセを治していくというのが大まかなストーリーラインなわけですがね。大変ワクワクする導入ですね。王妃の悪いクセというのが、子供にとっては大人に怒られるタネとなっているもので、それらが一つ一つ回収されていく流れになるのだな、みたいに思いながら読者は12の月を旅することになる。王妃とお供のユカちゃんは、一月の雪野原からスタートして、春夏秋冬をめぐって十二月まで旅をするのだけれど、何が良いって、月ごとに衣装を変えるのが良い。これは12の月に割り振られたクレヨンの色とも呼応するのだけれど、王妃とユカちゃんは街が通過していき月が変わったことに気付くと、どこからかその月にあった色の洋服を取り出して着替えるところから始める。この行為に説明はなく、当然着替えなくてはいけない必然性も提示されないのだけれど、二人はそれを当然のこととして、季節に合わせた色の服へと着替える様子が描写される。それぞれの月では、それぞれの月を象徴するようなアイテムが次から次へと出てきて、その月がどんな月なのかを紹介するようである。『じゃっ夏なんで』という日本語ラップのサマーアンセムがある。曲中では次から次に「日本の夏」を象徴するようなアイテム(例、通り雨、祭囃子、ひまわり、浴衣姿、入道雲、風鈴、シッカロールの匂い、鳥居、花火、りんご飴)が繰り出され、風情という風情を描き出していくのだが、まさに今作は『じゃっ夏なんで』的な展開というのが十二か月ぶん繰り広げられる。それだけでもエモいのだが、そこに合わせていそいそと着替えをする二人の姿は否応なしにその月についてのワクワク感を高めてくれる。それだけでもワクワクするものだが、もう一つ各月をレペゼンするように、なんらかの詩や歌が挿入されるのもすごくいい。大抵はその街の住人が歌ったりしているのだけれど、コミカルなもの、詩情溢れるもの、哲学的なもの、教育的なもの、やはりどの詩もその月の象徴的なアイテムを登場させながら、二人の旅路を軽やかに彩っている。この「衣装替え」と「詩」のくだりがあることで、ともすれば単調になるような十二か月の展開に推進力が生まれ、読者は次から次へと月を跨いでいくことになる。
当然それぞれの月で起こる事件もそれらの推進力になる。基本的には王妃の悪いクセを治すための物語展開なのだが、それぞれの月の住人は王妃以上のクセモノばかりで、他人の振り見てなんとやら。王妃は好き勝手やっている住人たちに振り回されたりしながら、自分の悪いクセを治していく。住人たちの自由奔放ぶりには思わず苦笑するほどエキセントリックなものもあり、王妃もそれに強情に対抗したりするものだから、12の悪いクセとは別の箇所で倫理道徳に触れるような行いをしていたりして、その破天荒ぶりもまた見ものである。令和の世の中的にはコンプラがかかるであろう表現も多々あり、ファンタジー的世界観と相まって妙な可笑しみを生み出しているのも趣があって大変によろしい。例えば2月ではアリに薬をやるつもりが間違えて毒を与えてしまい、ジェノサイドを起こした末に責任も取らずさっさと逃げ出すし、5月では狂気に囚われた暴走こいのぼりをぶん殴ることに躊躇いを待たない。11月ではカンガルーのおばあちゃんの袋に入って移動するために、元々袋に入っていたカンガルーの子供たちを外に放り出して自分たちだけ快適に移動したり、さらには土中を移動する必要にかられた時には、ごく自然に村からシャベルを盗み出してきたりしている。12の悪いクセよりも、盗みグセの方が悪いんじゃないかな、など思うのだけれど、その軽快なやり取りがあるが故に、王妃の悪いクセを治させるための躾としてのご都合主義的展開をぎりぎりのところで回避しているとも言える。子供たちにしてみれば、悪いクセを治させるのは鞭であって、破天荒な展開は飴になり得るものである。この硬軟が物語を過度に教育的なものから遠ざけ、不思議な温もりと可笑しみのあるものにしているのである。
また、家出した王様を追うというストーリーラインも秀逸である。王妃とユカちゃんの二人はキラキラ光る金色の髪の毛や爪など、王様の遺留物を発見しては、そこに王様がいた痕跡をたどるのだけれど、そのまま12月まで進むのかというとそうではなく、一度6月に二人は王様に追いつく、王様もパーティに加わり「え。このままじゃ残り半年どうすんの?」と思わせておいて、王妃が再び悪いクセを発動させては王様が再度逃げ去っていく展開などは、一度とらえた獲物を逃してしまう感じでとてもいい。8月でも起承転結の「転」が起こるし、9月ではまた王様が仲間になる。残りの三か月は三人パーティで突き進むも、大団円となる12月では敵方に攫われた王様を王妃とユカちゃんが救い出すという、ハリウッド映画さながらのスペクタクルを展開して、物語は終幕を迎える。ラスト、クレヨン王国から人間の世界へと戻ったユカちゃんが世界のカラフルさにワクワクして迎えるお正月の初日の出のシーンは、とても美しい終わり方ですよね。はちゃめちゃなキャラクターに翻弄されながら、それらを全てひっくるめたカラフルな世界の美しさを映し出して終わる。すごく印象的なラストシーンでした。
それ以外にもいくつか印象的なフレーズがあったのでそれを紹介して終わりましょうかね。例えば冒頭、王妃の12の悪いクセをクレヨンたちが意気揚々と上げ連ねるシーンでは〈男が、女のあらさがしをするのは、どうやら人間もクレヨンも、ちっともかわらないようです〉というフレーズが飛び出す。女だって男の粗探しはするだろうがよ、と思いますが、少しの毒気をはらんだ表現ですね。4月、道に迷ったのではと不安がるユカちゃんに王妃が言ったセリフ。〈道にまようというのは、どこかへいこうとして、そうでないところへきてしまうことよ。あたしたちは、もともと、道をしらないんだから、道にまようこともないの〉。めちゃ深いですね。hideちゃんの〈何にもないってこと、そりゃあなんでもアリってこと〉に通ずるものがありますね。高村光太郎の〈僕の前に道はない、僕の後ろに道はできる〉と同じ精神を感じますね。5月、甘やかしすぎた鯉のぼりが凶悪なモンスターになってしまったのを知った保護者の熊五郎はぼろぼろ涙を流しながら言う。〈したいことをさせてやればしあわせだと思ったが、そうではなかった〉。相手を真に想うのであれば、時には相手にとってつらいことをすることも必要ですよね。11月、意見の相違から分かれ道に差し掛かった王妃がユカちゃんに言い放ったセリフ。〈めいめい、かってにいくことにしよう。ふたりはもう、おたがいになにもかもしりつくして、いいかげん、あきあきしてきたから、ここらで、わかれたほうがいいのだ〉。まるで熟年カップルのようなセリフである。痺れましたね。あと8月で、海の神と空の女神がピリついた取引をなんとか手打ちにして、無事取引が完了した後に、空の女神が何を言ったかというと〈では、ひとつ、おどりますか〉ということで、それを受けて海神も〈よかろう〉とか言って二人で楽団の音楽に合わせて踊り出すの、マジ尊いって思いましたね。たぁてぇってなりましたね。これからみんな、ピリつく取引を無事終えることができたら、一緒に踊りましょう。取引の後のダンス。これが一番ですね。
というわけで12月の課題図書は福永令三『クレヨン王国の十二か月』でした。1月の課題図書はショーン・バイセル『ブックセラーズ・ダイアリー2』です。2021年9月の課題図書だった『ブックセラーズ・ダイアリー』の続編ですね。当店の名前の由来となった、スコットランド、ウィグタウンにある古書店店主のダイアリー。本作は当店でも購入可能です。読んでいきましょう。