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【62冊目】ブックセラーズ・ダイアリー2 / ショーン・バイセル
節分です。
本日14時-23時半です。
2/2ですが今年は2/2が節分だっていうので節を分けていくのに何が必要かって、そりゃあ当店月初のお決まり、ウィグタウン読書部ですね。やっていきましょう。
というわけで1月の課題図書はショーン・バイセル『ブックセラーズ・ダイアリー2』。当店の課題図書として同一の作家の作品を複数回扱うというのは今回が初めてなわけなんですがね。でも仕方ないですね。なんたってこちらの作品は、タイトルの通りブックセラーのダイアリーなわけなんですが、そのブックセラーがどこにあるかっていうと、スコットランドのウィグタウン。つまり当店の屋号となった町にある本屋のご主人が書いたダイアリーだっていうんで、私なんかはこちらの本屋にも訪れたことがある。前作『ブックセラーズ・ダイアリー』の日本語版が出版されたのが実に3年半前、2021年の8月だったわけなんですが、私は当然それも楽しく読み、そして2023年の5月には、その本を携えてこちらの本屋「The Book Shop」に訪れ、作者と愉快な従業員とに挨拶をしている。となると「同一作家の作品は一冊まで」なんていう当部の不文律なんて無視ですよね。無視無視。もうどうだっていいもんねー、みたいな気持ちで今作を手に取ったわけなんですがね。日本語版は、前作から出版社と訳者が変わっている。出版社はもとより訳者が変わるというのは、前作の翻訳が素晴らしかっただけにちょっと気になるな、など思っていたわけですが、杞憂でしたね。今作でも、作者のシニカルな視点と従業員との気の置けないやり取り、訪れる客たちとの心温まるエピソードなどは健在で大変楽しめましたね。私なんかは、そういうわけでこちらの本屋にも実際に行ったことがあるわけですから。あの町の、あの場所で、今日も人々が生活をしているのだな、というのがありありと想像できて、口元に湧き上がる笑みを抑えることができない。この本が描き出すのは、何も書店員の日常だけではない。どこか遠い異国の地で、私たちと同じように暮らしている人々の生活を鮮やかに描きだしているのだ。そして、そこには確かに「ウィグタウンという町の魅力」がぱんっぱんに詰まっている。私がなぜウィグタウンという町に特に魅かれたのかという理由が明確な形で提示されている。だから私は今作が好きなのだ。私が感じた魅力がそのまま言語化されている。そういう意味で、本書はウィグタウンの観光案内本として、とても優秀であると言えますね。本書を読んで「ウィグタウンに行きたくなった」という方も少なくないかもしれません。ただ店主の言を借りるのであれば、こんな町に魅力を感じてしまうのはあなたも〈変わり者〉の素質があるということでしょうね。田舎にありがちな個人への過干渉がなく、親切で〈なごやかな無関心〉が包み込むスコットランドの田舎町の世界へ。読んでいきましょう。
さて。例によってここからは【ネタバレ注意!】となるわけなんですがね。前作が2014年の1年を描きだしているのに対し、今作はその翌年、2015年の一年を描きだしているわけなんですがね。そんなことを言いながら本の紹介などをしていると、とあるお客さんが興味を持ってくださり、曰く「2014年は息子の誕生年。その頃のスコットランドで何が起こっていたのか知りたい」とお買い求めになられたわけなんですがね。なるほど、確かにそういった読み方もできる本である。誰もが2014-15年を通過してきているわけで、それぞれの2014-15年と、ウィグタウンの2014-15年を比べて、自分の人生の裏ではこんなことが起こっていたんだな、と感慨に耽る。これすなわち、人の生活を想うということで、もっと大仰にいうと、自分以外の他人を想うということである。今は忙しい時代です。全ての速度が早く、みなが自分のことで手一杯、他人を想うなんて余裕を持つことが難しくなっている時代なんですがね。そういう意味で、本書は「自分」でも、或いはもっと大きな「社会」でもなく、「ウィグタウンの町に住むそれぞれの人々」を描き出すことで、「他者を想う」ということを思い出させてくれる。ウィグタウンの長閑なムードが、早くなりすぎる時代へのブレーキの効果を発揮している面もあると思うが、さながらジョイスの『ダブリン市民』。つまりは「ウィグタウン市民」のことを想うことによって、われわれはこの世界の模様を知ることができる。われわれ、それぞれが生きる一本の道のうえを交差していく様々な人生がある。それぞれの人生はそれぞれの縦糸を生きており、たまさか交わることもあるが、交わらないこともある。そうしてところどころで交わった横糸が編み込まれて人生の模様が描き出されるということであるが、ウィグタウンの人々を想うということは、これらの縦糸の数を増やすということに繋がる。たとえ横糸として交わることはなくとも、縦糸として地球の裏側にこんなカラーをした縦糸があるのだ、ということを知ることによって、世界の模様を想像するきっかけになるのだ。
そして、そんな縦糸を紹介してくれる作者の視点というものが、とてもシニカルでウィットに富んでいる。毎度お馴染み、古書店に立ち寄る多種多様な人々を冷笑するような表現もさることながら、いつも驚くほど無愛想な郵便局のウィリアムや、常連客なのにめちゃくちゃコミュ障で未だまともに口を聞いたことがないという「モグラ男」、果ては飼い猫の「キャプテン」に至るまで、店主の視点を通じて描かれる町の人々のキャラクターはとてもカラフルである。中でも名物従業員のニッキーとのコメディや、恋人(元)のアンナとのロマンスなんかはドラマとして楽しめるわけなんですが、今作では前作にいなかった新スタッフ、イタリア人のエマヌエラ(グラニー)との青春群像も描かれる。一冊の間にいろんなジャンルが含まれていてお得な感じがするわけなんですが、それはまさに人生とはそういうものだからで、特定のジャンルに縛られるような人生などない。作者の素直な視点はそれぞれの人生を鮮やかに切り取っている。
それら人間模様を映し出すことができるのも、作者が古書店の店主という属性であるからに他ならない。前作ではジョージ・オーウェル『本屋の思い出』を引いていた各月初の文章が、今作ではオーガスタ・ミュア『古本屋ジョン・バクスターの秘められたる想い』に変わってはいるが、変わらないのは本屋、ひいては小売業、ひいては接客業にまつわるさまざまな共感を引き起こす文章を引いている点である。我々は宿命的に不特定多数の他人と接触する機会を持つ。私なんかも接客業をしているわけですから。タイプ別に分類された客の傾向を読んで、なるほどね、など思ったりする箇所もあり、この辺りは接客業経験があるかないかでだいぶ受け取り方も変わるのではないかな、など思う。今作の中でもその点は言及されており、曰く〈人は二つのグループに分けられる。バーやカフェ、レストラン、店で働いたことがある人と、ない人である。後者に分類される人が全員、前者に分類される人を二級市民のように扱うと言っては公平でも正しくもないだろうが、前者に分類される人がそのような態度を取ることはほとんどない〉。なかなかに強い言葉が使われてはおり、全面的に首肯しにくい部分もあるわけだが、接客業従事者として少しく胸のすく思いがないといえば嘘になる。いわゆる「お客様は神様です」マインドも、今となっては昭和の遺物と言いたいところだけれども、やはりそうしたシーンに遭遇した経験を接客業経験者は誰しも持っているものである。そうした種々多様な人間と接する経験というのが他者をカテゴライズする冷酷な視点を産み、その視点というのは彼らを理解しようという温かみのある視点から生まれているもので、その冷酷さと温かみの両方の視点が、様々な人間模様を描き出すのである。作中では、持ち込んだ本の買取金額が気に入らずに「その価格で売るくらいなら明日チャリティショップにでも寄付するわ」と言って去っていく女性が現れる。それに対して店主の曰く〈この女性のようなタイプはよくいるものだ––誰もが自分をカモにしようとしていると思い込み、こちらがお金を払うと言っているのに、それを他の人にただであげることで、お金を払うと言っているこちらを罰したと思って得意になっているのである。世間はそんなものじゃないのに〉。この手の冷酷さと温かみのある視点というのが、今作には随所に溢れていて、それがたまらなく本書を魅力的なものにしているのである。
また前作と同じく、古書店を舞台にしているため必然的に本がたくさん出てくる。当ウィグタウン読書部で取り扱ったことのある作品もいくつか出てきて、なんか嬉しかったですね。『ハイ・フィディリティ』的なところなんかもあると思いますし、グラニーが最後の日にブルガーコフの『巨匠とマルガリータ』を渡すなんてエピソードもとっても印象的です。本を愛するもの同士だからこそ生まれ得るシーンですね。本当に印象的なシーンはたくさんありましたが、私のお気に入りのシーンは、ブックフェスティバル中に見知らぬイタリア人を泊めてあげていたシーンです。誰だったんだろうな。あのイタリア人は。あと無価値な本に対する辛辣な視線なんかも印象的で、単なる愛好者ではなく経営者であることも伺わせましたね。アマゾンに対する恨みもあるのかと思いますが。あとニッキーとの会話もめちゃ好きなのがあるのでそれだけ紹介させてください。「双子の友達がブラッツの人形を改造してくれるのよ」「双子の友達?そっくりなのかい?」「うん、まぁ、時々はね」。なんだよその時々って。なんなんだよその歯切れの悪さは。面白かったです。
接客業をしている私にとって、様々な客たちを相手にしている作者の気持ちに感情移入をしてしまう点も多かったとは思う。内容には触れないが、私も容易に首肯しかねる主張に同意を求められることはままある。そういう時私は、そうかもしれないな、と思ったことは伝える。そうじゃないかもしれないな、と思ったことについては黙っておく。思えば私なんかも、この店をオープンした時はひと所に留まって仕事をしていくなんてことができるだろうかと考えていた。丸7年が過ぎた今でも同じことを思っているし、なんならできないと思っている。きっと人生の最後までそんなことを思いながら続けていくのだろうな、とそんなことを思いましたね。ある調査によると、1日10分程度の読書によるストレス軽減効果は著しいらしい。ほんとかどうかは知らんが、少なくとも私にとってこの本と触れている時間はストレス軽減に有効だったことは事実だ。一月の曇り空の昼営業。お客さんは来ないが、薄いカフェラテとアップルジンジャーマフィンを片手にこの本を読む時間は、幸せ以外の何物でもなかった。すごくいい時間を過ごせました。店の営業的には良くないかもしれないけれど。気になった方は1も読んでください。面白いです。 https://note.com/thewigtown/n/n6d7ed33c6fed?sub_rt=share_pw
というわけで1月の課題図書はショーン・バイセル『ブックセラーズ・ダイアリー』でした。2月は町屋良平『恋の幽霊』です。読んでいきましょう。
それでは本日14時-23時半の営業です。
みなさまのご来店心よりお待ちしております。