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「好き」と「愛する」
皆さんは自分の家族が好きですか?
そして、家族を愛していますか?
また、生まれ故郷やふるさとは好きですか?
愛していますか?
同様に、会社や同僚はどうでしょうか?
世の中に愛妻家という言葉はありますが、
好妻家という言葉はありません
(恐妻家はあります…)。
また、郷土愛とはいいますが、
郷土好とはいいませんし、
愛社精神とは言っても、
好社精神とは言いません。
普段あまり意識することはないですが、
どうやら「好き」と「愛する」は違うようです。
では、いったいどう違うのでしょうか?
先日こんな言葉を目にしました。
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「花が好きな人は、
花を手に入れるためにそれを摘むでしょう。
しかし、もしあなたが花を愛する人なら、
あなたは花を摘んではいけません。
なぜなら、摘めば花は枯れ、
やがてあなたが愛するものでは
なってしまうからです。
だから、もしあなたが花を愛する人なら、
毎日世話をし、水をあげてください。
愛は所有するものではなく、
与えるものなのです。」
もともとは外国語で書かれた文章だったのか
若干日本語は不自然ですが、
本質を突いていると思いませんか?
『7つの習慣』にもまた、こんな言葉が出てきます。
「愛とは動詞です。
つまり、
愛するとは意志を持って行う主体的な行為であり、
愛情はその結果として得られる果実に過ぎません。
その過程には多くの場合、
奉仕や忍耐、犠牲、そして感謝が伴うものです。」
なかなか深いですね。
好きとか嫌いとかは気分や感情の問題です。
〇〇コレクターという言葉もありますが、
所有欲(量的)に関係があるようにも思えます。
一方で、愛とは意志と覚悟の問題です。
注げば注ぐほど、
どんどん深まっていくもの(質的)とも言えます。
ダメな子ほど可愛いという感覚も
それに近いかもしれません。
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住まいも「愛しのわが家」といいます。
定期的に手入れし、
また多くの時間を共にする中で、
やがて掛け替えない存在になっていきます。
例え人から見ればボロボロでも、
その人からすれば唯一無二、
思い出いっぱいの大切な住まいになりえます。
あなたが工事した浴室で、
楽しみにしているクリスマスプレゼントについて
会話をした親子がいるかもしれません。
あなたが手掛けたリビングで、
家族そろってクリスマスケーキを食べた
ご家庭もあるでしょう。
私たちの仕事は、
お客様の住まいへの愛を
今よりもっと(MORE)深めていく…
そんなお手伝いなのかもしれません。
今週も幸せの種を蒔きましょう。
私たちの周りにいてくれる大切な人が
幸せであり続けますように。
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