かたちのない音のかたち

 例えばピアノであれば音の減衰は楽器の発音特性に依ります。ギターも基本的にはそう。テルミンはどうかというと、演奏者の意思で音の減衰も立ち上がりも形作ります。
 ピッチ(音の高さ)の制御も人それぞれ。一口に「ド」といっても私だけの「ド」を奏でられる。カンナをあてたようにすべすべにするもザラザラにするも、角ばった様にも優雅な曲線にもできます。音の高さも大きさの制御も基準となるものがなく、すべて奏でる人が形作ることができる。声を除いて、テルミンほど自由な楽器もありません。

 テルミンで奏でる音に形はありませんが、美を感じることがある。形のない、脳内のイメージにだけある形而上的な音のフォルムを感じているのではないかと考えています。表題は2022年一月に発刊予定の拙書の副題。テルミン演奏というとピッチの正確さだけで語られることが多かったですが、演奏による音量のカーブや、ピッチの僅かな曲線から美を感じることだってあると考えています。これとてテルミンという楽器でなく、奏でる人が創るもの。ロシアに渡って28年、長年テルミンに取り組んできて、発明者のテルミン博士が自身の発明を「テルミンの声(Voice of Theremin)」と名付けた真意が少しわかった気がしました。


いいなと思ったら応援しよう!