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「発売前重版!!」の恥ずかしさとうれしさ
「発売前重版を狙うにはどうしたらいいですか?」
著者さんからそう聞かれることがよくあります。
これは、SNSやら広告やらで「なんと発売前にもかかわらず、大重版が決定しました!!」みたいな文言を見かけることがあるからでしょう。
まだ本が書店店頭に並んですらいないのに、追加の印刷が決まってしまう。
……なんともスゴそうな感じがしますよね。
でも、本当にそうなんでしょうか?
というわけで今回は、「発売前重版」について考えていることを、出版社・編集者の立場から書いてみようと思います。
「まだ存在しない本」が増刷されるのはなぜ?
書籍というのは、注文が入るたびごとに丹精込めて1冊ずつ印刷・製本しているわけではなく、一定のまとまった部数をドンとつくるのがふつうです。
最初に印刷した分を「初版」、2回目を「第2刷」と呼び、以降、「第3刷」「第4刷」……と増えていきます(「刷」は「ずり」と読みます)。
つまり、発売前重版というのは一般に、「初版がまだ流通していない段階で、第2刷の製造を決める行為」を指しています。
こうした意思決定の材料としては、だいたい次の3つがあると思います。
① ネット書店での予約数の伸び
② 書店さんからの事前注文数の多さ
③ 一部書店さんでの先行テスト販売の数字
こうしてみると、やっぱりなんだか「売れてそう」ですよね。
だからこそ、「発売前重版!!」の事実は、宣伝文句としても使われるのだと思います。
著者さんとしても、自分が書いた本の発売前重版が決まれば、当然うれしいでしょう(実際、喜んでいいと思います)。
発売前重版の「恥ずかしさ」
他方で、出版社の立場からすると、事情が違ってきます。
発売前重版とは、単なる「初版不足の結果」にすぎないからです。
つまり、その本が秘めているポテンシャルを、出版社が過小評価したせいで起こった「失態」にほかなりません。
出版社は、類書(似たような書籍)の販売データや事前注文数、著者が持っているネットワークや影響力、企画のテーマ・コンセプトなどなどを材料にして、初版部数を決定します。
「このテーマは手堅いから、6000部で大丈夫でしょう」
「この企画は書店さんの反応がいいので、1万部刷りましょう!」
「この著者さんは3作連続で初版止まりだから、4500部で様子見かな…」
そんな感じで一定のシミュレーションを行い、「最低限でもこれくらいは売れるライン」「諸々の経費を差し引いても赤字にならないライン」を見定めていきます。
発売前に重版をかけねばならないのは、この需要予測に「誤算」があったときです。
商品の市場性を見誤って、初回ロットの発注数を絞りすぎてしまったことに土壇場で気づき、大慌てで追加発注をかけているだけのことなのです。
最近
— 本間悠@本屋のひと (@honyanohomma) November 18, 2024
発売即重版、発売前重版とか多いけど、普通に初版足りてないだけでは…………
最初から初版1万部をつくれば済むところを、初版5000部と第2刷5000部に分けて印刷する──。
すると当然ながら、紙やインキなどの資材、印刷、製本、物流などの費用はかさみます。
ビジネスとしてはきわめて非効率です。
ですから、出版社が外部に向けて誇るべきようなことではないのです。
「みんな」が盛り上がる材料にはなり得ない
一方で、著者さんは自分で初版部数を決めたわけではないので、重版を喜ぶのはなんら問題ないと思います。
ただ、ちょっと気に留めておくといいこともあるかもしれません。
「発売前重版」というのは、その定義上、「発売前」に起こっているので、じつは本を買ってくださる読者さんにとっても、本を売ってくださる書店員さんにとっても、どうにも関与しようがない事象だったりします。
〝いまだ存在していない本〟について「増刷しました!」などと騒がれても、出版社・著者以外の人にとっては、どこか遠い別世界で起きているバーチャルなお祭りのように感じられるんじゃないでしょうか。
そこに漂う「内輪ノリ」感に、冷ややかな眼差しが注がれていないか──。
書籍を待ってくれている人たちを「蚊帳の外」に追いやっていないか──。
少なくとも、マーケターである編集者は、そうした側面にも自覚的であらねばならないと思っています。
そのうえで、発売前重版というファクトを、したたかに利用していくことに決めたのなら、そうすればいいだけのことなのかなと…。
まとめ。そして、ちゃぶ台返し
以上が、著者さんから「発売前重版を狙うにはどうしたらいいですか?」と聞かれたときに、ぼくが答えていることのあらましです。
「発売前重版は出版社の単なる需要予測ミスである。
したがって、それは本来〝狙う〟ようなものではない」
出版社を経営する立場になってみると、この事実はよりいっそうのリアリティを伴って迫ってきます。
重版分が売れなければ、そのマイナスはすべて自分に降り掛かってきます。ここでの意思決定のミスが、そのまま会社の利益減に直結するわけです。
そして……このタイミングですごく言いづらいのですが、今月末に刊行されるテオリアの第1弾書籍『冒険する組織のつくりかた』の「発売前重版」がさきほど決まりました(というか、決めました)。
そうです。需要予測をミスりました。すいません。
昨年末に『冒険する組織のつくりかた』の情報を公開して以来、当初予想をはるかに上回る反響がありました。
発売元のディスカヴァー・トゥエンティワンさんからは「このスピード感だと、発売後に増刷をかけていては間に合いませんよ!」と教えていただき、「おお、そういうことならば!」と新年早々の決断に踏み切ったしだいです。
(著者の安斎勇樹さんにも上記のような話をさんざんお伝えしてきただけに、けっこう恥ずかしいのですが……なにはともあれ、安斎さん、発売前重版おめでとうございます! いきなりこれはスゴすぎる!!!)
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ベストセラーは「需要予測ミス」の産物
いま、ぼくのなかには、重版に伴うコストやリスクを前にしてひりつく自分(経営者)と、重版が決まって小躍りしている自分(編集者)がいます。
正直、その2つのペルソナに引き裂かれそうになっています。
とはいえ、こうしたジレンマ自体がとても新鮮なので、じつはすごくワクワクしてもいるのかもしれません。なんとも不思議な感覚です。
そして、ぐちゃぐちゃと語ってみたものの、やっぱり重版はうれしい。
最後に書いておきたいのは、どんなヒットも「需要予測ミス」から生まれているということです。
10万部、50万部、100万部という超絶ベストセラーも、最初は「まあ、せいぜい5000冊売れたらいいほうでしょ」とか「たしかに売れているけど、たぶん1万部止まりだな」とか思われるところからスタートしている。
そして、増刷されるたびごとに、その時点でのシミュレーションを裏切る勢いで売れまくり、出版社に対して「部数予測の訂正」を迫ってきたわけです。
そういう意味では、ベストセラーとかロングセラーというのは、出版社がその本のマーケット規模をことごとく見誤ってきた「軌跡」のうえに成り立っていると言えるのかもしれません。
というわけで、最後の最後で「どこか遠い別世界で起きているバーチャルなお祭り」のお話を失礼しました。
『冒険する組織のつくりかた』の「実物」を目にすることがあったら、ぜひお手にとってみてください。1月26日から順次発売となる予定ですが、ぼくも本をお届けできる日が待ち遠しいです。
こちらで「試し読み」もできます。