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9-1.空間の音を撮る

『動画で考える』9.音を撮る

誰もいない大きな部屋で、その空間の音を撮影してみよう。

誰もいない教室や会議室のようなところで、動画を撮影してみよう。

そのような場所で一人で立ってみると、誰の話し声も聞こえてこないし、動き回る足音や机や椅子を動かす音もしない、窓も閉まっているので屋外の音も聞こえてこない、あなたはそこで「静かだな」という印象を持つに違いない。

しかしそのような場所で撮影した動画を再生してみると、予想外に様々な「音」が収録されていることに気が付くだろう。それは「静かだな」というよりは、むしろ「うるさいな」といった印象を与えるだろう。

何も音がない場所で、いったい何の「音」が聞こえてくるのだろう。自分では意識しなかった「音」がそこにはあったのだろうか。

屋内で動画を撮影する際によくあることは、エアコンの音が記録されてしまう、ということだ。今どきの自宅でもオフィスでも教室でも、一年中通して当たり前のようにエアコンが駆動していて、その状態が自然であるかのように、私たちはいちいち意識していない。実際はエアコンの駆動音を聞いているのに、それを意識していないので聞こえていない。あるいは他の音に集中する場合は、不要なノイズは拒絶している。

だから動画を撮影する際には、何よりもまずエアコンのスイッチを切らなければならない。

動画に収録された音に注目して、その音源を一つずつ消しながら撮影を繰り返そう。

さて、気になる音はなくなったはずだ。撮影を続けて、再生してみよう。

何か遠くの方でざわざわと人が話をする声や、自動車が走り去る音がかすかに聞こえてくる。おっと、窓が少し開いている。それをきちっと閉めて、また撮影再開。

それでもまだたくさんの音が残っている。室内の蛍光灯からも音がするし、壁掛けの時計があれば秒針が進む音もかすかにする。自分自身がちょっと動くだけでも、靴底が床をたたく音がしたり、シャツがこすれる音がしたり、唾液を飲み込んだり、手で顔をこすったり・・・と、微細な音は止めどもなく沸いてくる。

動画は、そこにあるものをまるごと記録する。自分が意識しているものごとだけを選別して記録するのではなく、ビデオカメラの性能の可能な範囲で、記録できるものの全てを、記録する。

撮影中には気が付いていなくても、後から再生して見たときに意外なものが映り込んでいた、ということはよくあることだ。動画の撮影中には、目の前にある自ら選んだ被写体に意識が集中していて、その背景の方にただなんとなく立っている人や、画面の端にかすかに写っている出来事には気が付かないものだ。

同じようにビデオカメラは、意識して聞こうとする音以外にも、様々な音を、無差別に拾い上げることが出来る。人間の意識は注意を向けたい音に集中して、そのほかの興味のない音を遮ることが出来る。もちろん、単一指向性のマイクを使って必要な音だけに集中して収録することも出来るし、撮影後に加工して不要なノイズを除くことも可能だ。その一方で、とにかくそこにある音をごっそりそのまま収録することも出来る。

だれもいない部屋で、とにかく最初はそこにある音を全て収録してみよう。そして、音の発生源がわかるものは、できる限り取り除いてみよう。そして、もう一度そこで撮影を続け、再び動画を再生して、その音を聞いてみよう。

音をだけを手掛かりに空間を把握して、動画を撮影してみよう。

何もない、何も起きない部屋でも、相変わらずそこには「音」がある。それは、何もない、何も起きない「音」とでもいうべきものだ。静止画の撮影ではなく動画を撮影しているのだから、そこには時間が流れている。動画をじっと見ていてもほとんど静止画のように見える画面。それでもそれが動画だとわかる「音」が付いている。「音」は時間や空間を感じさせる効果がある。時間の経過が明らかに理解できる、例えば音楽や会話のような音声でなくても、抽象的で具体性のないノイズだけでも、時間や空間を感じさせる効果がある。

ひとかたまりの空間があって、そこに音が詰まっている、それがそこに滞留し続ける。そんな音を収録すること。音楽や会話のように直線的に一方向に流れていくのではなく、目には見えないがかたまりとしてそこにあるもの。そんな音の形態もある。

街の上空あたりに滞留している音もあるし、洞穴のような狭い空間を埋めている音もある。たくさんのビルの合間をバウンドしながら移動していく音もある。動画で撮影可能な音とはそのような音だ。

音を流体としてではなく、固体としてイメージしながら撮影してみよう。

人物の発声も、体内から発出されるかたまりとして撮影してみよう。友人との会話も、いくつもの言葉のかたまりとかたまりがぶつかり合う集合体として撮影してみよう。動画は、目に見えるものだけではなく、音と組み合わせることで、目に見えない世界を描くことも出来るのだ。

そのような動画を通して見えてくるものは、いわゆる映画やドラマが描くものとはまったく別の世界観だ。通常であれば動画の中心に置いて撮影するはずの人物や出来事が何もない場所で、物事の見方を変えることで、見えなかったものの実態を把握し記録すること。

音を手がかりに空間を把握することも、また、そうした手法の一つだ。

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