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金になる穴の見つけ方
思考の穴
最近、書籍『思考の穴』(アン•ウーキョン/ダイヤモンド社)を読んだ。
これは、イェール大学で超絶に人気の伝説的講義である「シンキング」を書籍化したものであるという。
その大人気講義を担当するのが、本の著者アン•ウーキョンである。
彼女は、心理学の博士号を取得しており、私たちを惑わす「バイアス」について調べ、バイアスを克服する方法を研究している。
講義では、人間の進化の過程で培ってきた思考の仕組みを理解し、バイアスにとらわれないようにするにはどうすればいいかを教えている。
人間の思考にぱっくりと開いたバイアスという「穴」と、その対処法を知ることで、思考力を深めることが狙いとなっている。
世の中には、目には見えないクレバスが至る所に隠されているということが、書籍を読むことで実感出来る。
確証バイアス
この本の中でとりわけて、わたしの興味をそそったのが、「確証バイアス」という穴である。
確証バイアスとは、人が「自分が信じているものの裏付けを得ようとする」傾向のことを指す。
つまり、自分が正しいと思える証拠ばかりを集めてしまう習性である。
言い換えると、一度信じたものを、嘘かもしれなくても、信じたように行動し始めてしまう傾向。
または、周囲の皆んながやっていると、その効果がエビデンスとして皆無であるという実験結果が明らかになったとしても、もしかしたら、やらないよりもやったほうがいいのではと、後ろめたい気持ちから、引きずられてずるずるとやめられない習性ともいえる。
書籍の例を引き合いに出してみると、2004年に英国で展開された、エビアンの広告がそれである。
その広告は、自転車で巧みに局部を隠した美しい裸の女性の写真で、輝く肌が見事に強調されている。
そして、写真の下部には、
「見せびらかしたくなる肌を手に入れよう。エビアンのピュアナチュラルミネラルウォーターを毎日1リットル飲んでいる人の79%が、肌が滑らかでみずみずしくなり、見た目が若返ったと実感しています」
と記されている。
一見すると、普段何気なく雑誌で見ているごくごく普通の広告に思える。
しかし、ここに用意周到に〝確証バイアスの穴〟が隠されているのがわかるだろうか?
実はどんな水でも毎日1リットル飲めば、肌は輝きを増し、若々しくなったと実感するかもしれないのである。
エビアンの広告を見たときにそんな可能性を考えない人は、確証バイアスの餌食になり、「若く見られるにはエビアンを飲むしかない」と信じ込まされてしまう。
広告には、こういった心理的効果が隠されているとは、全く知る由もないのである。
この広告を見ると、あたかもエビアンを継続的に飲めば、他の水よりもカラダの内側から綺麗になれる、そんな絶大な効果があるような気が広告の写真とキャッチコピーから無意識に感じ取ってしまうのであるから恐ろしい。
ヒトが生来持つ確証バイアスにより、水道水でも毎日飲んでれば、もしかしたら同じような効果が得られるんじゃないとは考えないのである。
そういった「穴」を巧妙に突いてくるのが秀逸な広告の例である。
日常に隠れた「穴」、「穴」、また「穴」
確証バイアスの事を知った上で、自分の日常にどんな「穴」が隠れているのか探っていってみたい。
スーパーに行くと、ドレッシングがこれでもかと陳列してあるが、その中で「MCT配合」を強く謳っているものがある。
MCTとは〝Medium Chain Triglyceride〟の頭文字をとったもので、要は中鎖脂肪酸のことである。
中鎖脂肪酸はエネルギーとしてすばやく分解されるということで、アスリートやトレーニー、ダイエッターの間では、「ケトジェニックダイエット」を行う上で、ケトン体産生に効率がいいために注目されているオイルである。
一般的な油に含まれる長鎖脂肪酸は、小腸で消化・吸収されたあと、リンパ管や静脈を通って脂肪組織や筋肉、肝臓に運ばれ、必要に応じて分解・貯蔵される経路を踏む。
これに対して、中鎖脂肪酸は構造が異なるため、小腸から門脈を経由して直接肝臓に入っていくというのが特徴である。
この代謝経路により、素早くエネルギー源として使われ、その結果、体内に脂肪として蓄積されづらいということから、商品としてはダイエット効果をアピールしやすいのである。
こんな特徴を持つMCTオイルがドレッシングに含有されているとなれば、〝MCTオイル=痩せ〟という単純な図式を疑いもなく思い浮かべてしまう人は、確証バイアスの格好の餌食となるのである。
生化学的に考えると、MCTオイルを飲む時は、併せて糖質の摂取量を減らす必要があるという。
ヒトのカラダの代謝の優先順位は、まずは糖質ファーストであり、糖質と脂質があったら、まずはとにかく糖質から使おうとする。
よって、糖質の摂取量が多いとせっかく摂取したMCTオイルの出番がなくなり、ダイエット効果は期待できないのである。
これを知らずにMCTオイルが入ったドレッシングをガバガバとかけて、野菜をたくさん摂取したので、痩せ効果が期待できると油断して、超糖質豊富なラーメンやカレー、丼ものをがっつり食べたりしたら、そのオイルはヒトが生来持つ糖質ファーストの代謝メカニズムにより、カラダの中でダブつく事になってしまう。
結果、全く痩せないということになる。
こんな確証バイアスなんてものが、なんで我々人間に標準装備で実装されちゃってんのさって思うが、日常生活を送る上では、何気に大事なメカニズムだったりするという。
この確証バイアスのメカニズムを詳しく知れたことで、今後の人生において「穴」に落ちないようになる。
こんな風に思うのは早計である。
我々はこのバイアスを知っていても、「穴」に落ちてしまうのである。
このバイアスはわたしたちにとっては、必要なプロセスであるから、簡単には止めることが出来ないという。
であるから、まずは、
「解釈にバイアスがかかることは絶対に止められない」
と、自分に言い聞かせる。
「どんな賢い人でもバイアスはかかることはある」
この認識があるなしで、対応が大分違ってくるものである。
この確証バイアスがヒトに実装されていると知るだけで、物事を多面的な角度から見たほうがいいのではないかと、一歩引いて考える習慣をつけようと思うのである。
日常には、もっとこのバイアスの「穴」が隠されているので、次回にもっと掘り下げてみたい。