揺るぎない信念を言葉にするチカラ
アーセン・ヴェンゲルという名を聞いて、なんとなく記憶に残っている方も多いのではないでしょうか。かなり前になりますが、名古屋グランパスというJリーグのクラブで1年半ほど監督を務めました。その後イングランドへ。アーセナルという強豪クラブで22年間も指揮をとりました。
監督として、経営者として、クラブのすべてを掌握(普通はどっちもできません)、マネジメントした稀有な存在。しかも最高レベルのリーグで、常に優勝争いを演じました。クラブにもたらされたタイトルは数知れず。前人未到の「無敗優勝」を成しとげた唯一無二の存在です。赤字をたれながすクラブが多いなか、健全経営をカジ取り。私はリバプール狂ですが、リスペクトしてやまない偉人のひとり。
このたび弊社出版部より、ヴェンゲルさんの自伝が発売されます。ただいま予約中ですが、ひと足お先に読みはじめました。関連図書を読んで予習済みだったこともあって読みやすく、明日朝には読了予定。
ひと言でいうと、「信念のかたまり」でしょうか。揺るぎない信念が彼の仕事の軸になっていますが、その軸を形成した過去の体験がつづられています。つまり彼の幼少期、選手時代、監督駆け出しのころ、日本での経験が複合的にからみあい、有機的に結びついて結実した信念。
人はみな、過去の経験にもとづいた信念があるはず。生きているあいだに、知らず知らずのうちに考え方、クセ、好み、センスなどに影響を及ぼします。圧巻はその信念を「言語化」できるところ。
「正々堂々と戦う」という、相手の弱みにつけこむのではなく、自クラブの強みで勝つことを美徳とするのは、ヴェンゲルさんの生い立ちや、ビッグクラブではなくいつも2番手、3番手の、資金的に恵まれないクラブでの経験、いわば反骨精神のようなものが基盤になっている。
フランス、日本、イングランドと、それぞれの土地の慣習や文化を重んじ、リスペクトして、なおかつ時間をかけて我慢強く、自分の信念を浸透させていくプロセス。頑固でありながら、柔軟性に富む姿勢もエレガントさを感じました。
アーセナルの監督に就任した当時、イングランドサッカーは直線的で飾り気がなく、イングランド出身選手ばかり。圧倒的ローカルで、伝統と格式、フェアプレーの精神を大事にするスタイルを継承していました。フランス人のヴェンゲルさんが監督に、そして多くの外国人を登用。ちょっとした混乱を招きました。
多様な文化はときに、分断のリスクをはらむ。ですがヴェンゲルさんは毅然として「共通の文化」があればひとつになれると説きました。一瞬でアーセナルとわかるスタイルは、言葉によって明瞭に説明され、人々に受け入れられました。言葉の持つ力を信じ、影響力をもって発信し続けました。
アーセナルにもたらされた改革。食生活、科学的トレーニング、練習場やスタジアムの新設、そして気品あるサッカースタイルは、アーセナルのアセットになり、多くのファンを魅了することになりました。大富豪がクラブを買収して移籍金が高騰、活況を呈す英国サッカー。そんな風潮に振りまわされず、冷静に、一貫して信念を貫いた姿勢も強烈なインパクトを残しました。
同調圧力にまけて、なんとなく空気を読んで、自分の考えを抑え込むことってけっこうあります。そんな雰囲気のなかで、自分の考えを惜しみなく伝え、それを実行する。そして結果の責はすべて自分にあると覚悟することってなかなかできません。背後にはチャレンジスピリットが。自分の限界を知り、乗り越えることに喜びを感じる精神が行動に反映されています。
明日の午後、プロモーション会議。午前中に本書を読み込んでおこう。いろいろ楽しみ。興味ある方はぜひ。サッカー無関心でも楽しめると思います。何かチャレンジしたい人は特に。
久保大輔
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