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子育てに必要なものって何?


相対的貧困、貧困の連鎖、貧困の不利、貧困文化、モデル論、所得効果、希望格差、相対的剥奪…子どもの貧困についての書籍を大量購入。さっそく食い入るように読み始め、今まで知らなかったこと、思い込みによる偏見、いろんな情報が脳内に飛び込んでくる新鮮さを味わっています。

サッカーのイベントを「子どもの貧困・教育問題」にフォーカスした設計にしようと模索中。メインのタレントの承認を得て、スポンサーの獲得もほぼ決定しました。

大枠のスペックづくりは、コンセプト(ビジョン)を明確に、言語化して考えていきます。往々にしてスペックづくりが先行してビジョンがぼやけたり、そもそもビジョンがないからコンテンツが定まらなかったり。企画をつくっても「何がしたいのか?」といった残念な仕上がりにならないよう気をつけたい。

子どもが貧困になる理由って、ひとことでは言い表せない。親の年収、母子世帯、高い就労率と長時間労働によるコミュニケーション不足、親の学歴や職業形態は子ども受け継がれ、貧困が連鎖する傾向、5歳までの貧困経験が将来に及ぼす影響、偏見、意欲や希望の低下。

なかでも「私たちは子育てに必要なものが何かわかっていないのでは?」という問いに、子を持つ親として胸が締めつけられるような思い。ただ単に生物的に生存するだけではなく、社会の一構成員として人と交流したり、人生を楽しんだりすること。親を含めた子どもの発育環境の全体を対象とした教育プログラムが必要なのかもしれません。

ではサッカーのイベントはどんな建付けにすべきか?サッカーを通して社会的課題にソリューションを与えるとはいったいどういうことなのだろうか?シンプルにたのしい時間をつくってあげるだけではなく、コミュニケーションの場をつくったり、想定的に貧しい子どもたちとそうでない子どもが一緒になって何かをつくれたり(サッカーやBBQでもいい)

日々、はたらいて、子どもの成長を願う親たち。ひょっとしたら十分にかまってあげる時間がないかもしれない。親子で楽しめるコンテンツを用意して今まで気づかなかった子どもの表情、感情、行動、そして子どもにとっても親の温かみ、優しさ、思いやりを今まで以上に感じられる機会を提供したい。

社会的課題の「本質」をとらえ、どこに問題の核心があって、何を引き起こし、だからどうなるのか?貧困と教育は切り離せない問題であるという認識なしにイベントは組めないし、偏見という側面を強く意識すれば、貧困ではない子どもや親たちにとっても「考える」機会を創造する価値は十分にありそう。

私たち人間は社会的動物。人とのつながり、関係性なしには基本、生きづらい感覚を抱くようなDNAが組み込まれています。ですが現代社会は、経済という見えない境界線が容赦なく人々を分断し、生きる希望や意欲を剥奪して、努力をしない方向で話を進める人たちをあちこちに生み出してしまいました。

本来なら社会保障制度などによってある程度解消されるべき問題。現状そうなっていないのであれば、ささやかながらでもスポーツでソリューションを、もしくはソリューションのきっかけを作りたい。それが今回の企画の想い。

国や行政の力に頼らざるをえない大きな問題ですが、任せっきりにせず、見て見ぬふりをせず、自分は、会社は何ができるのか(または何ができないのか)の線引きをして、小さなことからコツコツと。まずは今年一発、テストマーケティングもかねて実施してPDCAを高速でまわして来年以降定期的に開催できるようにしたい。

やりがいと興奮と楽しさと、ちょっとばかりの不安と恐怖と。

久保大輔




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