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イランのライーシー大統領が事故で死亡

イランのエブラーヒーム・ライーシー大統領が搭乗したヘリコプターが5月19日に墜落、20日に大統領含めた搭乗者9人全員の死亡が確認された。同乗者にはアブドゥルラヒヤーン外相、ラフマティー東アゼルバイジャン州知事、アリー=ハーシェム東アゼルバイジャン州最高指導者代理等がいた。墜落の原因やライーシー大統領等の直接の死因は不明であるが、事故当時に現場付近では濃霧が発生しており、墜落した機体は大破していることから、事故による死亡の可能性が高いと見られている。一部メディアでは暗殺の可能性も指摘されており、イスラエルの関与を疑う声もあるが、現時点で暗殺説を支持するような証拠は出てきておらず、憶測の域を出ていない。

ライーシー大統領一行は、イランとアゼルバイジャンとの国境に建設されたギズ・ガラーシー・ダムの竣工式にアゼルバイジャンのアリエフ大統領とともに出席、その帰路としてイラン北西部の都市タブリーズに戻る途上において事故に遭った(下図参照)。事故現場は山岳地帯であることに加え、濃霧が発生していたことから、現場の発見や救助隊の到達に時間を要した模様である。トルコが派遣したドローンが事故現場の熱源を探知し、現場の特定に貢献したとされている。

出所: Google Mapより筆者作成

大統領不在への対応

ライーシー大統領は2021年8月に8代目の大統領として就任、任期4年の3年目であった。ライーシーは2017年の大統領選に出馬し、当時2期目の再選を狙うロウハーニー大統領との一騎打ちとなり、国民に広く顔が知られるようになった人物である。検事総長を務める等、保守強硬派のイスラーム法学者として地位を確立したライーシーは、当時からハーメネイー最高指導者の後継候補と目されていた。2021年に満を持して大統領選で勝利したことは、最高指導者の後継として必要な政治実績を積むためとも見られ、最高指導者の交代に備えてイランの政治体制が保守強硬派路線を確立したと考えられてきた。他方、体制護持を優先して保守穏健派や改革派が政界から排除されたため、2021年の大統領選や2024年の議会選はいずれも過去最低の投票率を記録しており、ライーシー政権の国民からの人気は低かったと言える。

ライーシー大統領の死亡が確認されたことにより、憲法第131条の規定に基づいてモハンマド・モフベル第一副大統領が大統領の代行に就任した。大統領が任期中に死亡した場合、大統領代行、国会議長、司法府長官の三者による委員会により、50日以内に新大統領を選出する準備を進めることになっている。イランは革命直後の動乱期である1981年にラジャーイー大統領が暗殺される政治危機を経験しているが、その際も暗殺から2カ月後に大統領選挙が行われており、今回も同様の手続きが踏まれることになるだろう。

行政府の長である大統領が急遽不在になったことでイラン内政に混乱がもたらされることは疑いないが、全権を担う最高指導者が健在であり、大統領代行を務める第一副大統領を始めとする閣僚等の政治エリートや、軍・革命防衛隊といった治安機関が体制を支えることには変わりがない。イランは大統領が一人で権限を掌握している個人独裁型の国家ではなく、イランの政情が大きく荒れたり、治安への影響が出たりすることへの懸念は小さいと言えるだろう。

注目すべきは、50日以内に予定されている大統領選挙の候補に誰が出てくるかである。過去40年間5代に渡って2期8年を務めることが慣例化していたイランの大統領職において、2025年に予定されていた大統領選ではライーシー大統領が再選することが当然視されてきた。体制の意向から考えれば保守強硬派の中から有力な候補を選出することになると思われるが、保守強硬派内で一人の人物に候補を絞れるかは不明である。体制派内部での政治的対立が政情不安に繋がる程に拡大する可能性は低いと思われるが、短い期間においてこの政治的な難局を乗り越えられるかが当面のイラン内政の焦点となる。

最高指導者の後継候補

1979年に成立したイランのイスラーム共和制では、イスラーム法学者による統治(ヴェラーヤテ・ファギーフ)が確立されており、初代指導者のルーホッラー・ホメイニー(1979-89)も、現在の最高指導者であるアリー・ハーメネイー(1989-)も高位のイスラーム法学者である。日常的な行政については国民からの直接選挙によって選ばれる大統領が担うものの、最高指導者は国政全般において最終決定権を有しており、国軍や革命防衛隊は大統領の下ではなく最高指導者の直轄にある。

1939年生まれのハーメネイー最高指導者は現在85歳と高齢であることから、十数年前から最高指導者の後継候補について様々な議論が展開されてきた。前述の通り体制の理念としてイスラーム法学者が統治することが憲法でも規定されていることから候補者は高位のイスラーム法学者に限られるが、国家元首として政治的な権能も有すことから政治手腕も求められることがその特徴である。

イスラーム法学者であり政治手腕を有するという二つの条件に見合うと考えられてきたのがライーシー大統領であり、ここ数年のイラン政治はライーシー大統領への継承を円滑に進めるための地盤固めが行われてきたと考えられてきた。2024年3月の議会選挙では、国会議員選挙に加えて最高指導者を選出する権限を有する専門家会議議員の選挙も同日に実施されたが、これまで3期24年間議員を務めてきた保守穏健派のロウハーニー元大統領が事前の資格審査で失格になる等、徹底した対応が採られてきた。

ライーシー大統領以外の後継候補では、ハーメネイー最高指導者の息子のモジュタバ・ハーメネイーの名前がたびたび取り上げられてきた。しかし、彼は父親であるハーメネイー最高指導者自身が世襲に反対の意向を示している他、政治経験をほとんど有しておらず、後継になることについて疑問視する声は強い。政治経験が乏しい法学者が最高指導者に就任する場合は、最高指導者の政治的な権限を形骸化するような憲法改正が実施されるのではないかと予測する声もあり、事実上の集団指導体制や革命防衛隊による支配に移行するシナリオを唱える人もいる。もっとも、これらのシナリオはイランの政治体制が安定的な指導者交代ではなく一度政治的な危機を迎えることを選択することを意味しており、体制内の支配エリートにとってベストなシナリオではないとも指摘されている。

しかし、ライーシー大統領がいなくなった今、最高指導者の後継問題は大統領の一時的な不在よりも体制にとってはるかに深刻な問題になっている。大統領の選出に比べると時間的な猶予があるとは言え、最高指導者の年齢を考えれば準備期間にそれほど多くの時間をかけられないだろう。今後のイランは、最高指導者の交代といういつ起きるか分からない政治リスクを抱えながら、体制の安定性を中長期的にどのように実現するかという難問に答えることが求められている。

イランのライーシー大統領(2024年2月9日)
出所: イラン大統領府


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