戦線の拡大が懸念されるガザ情勢②
10月7日から始まったイスラエルとハマースの衝突は、開戦から三週間を経て10月28日から「第二段階」となる地上戦に入った。両者の戦闘での被害は、イスラエル側に1,447人、ガザ地区にて9,448人の死者を出す事態となっており、多数の民間人の被害を出しながらも停戦が成立する見込みは立っていない。
イスラエル軍の地上戦開始に伴い、周辺国からイスラエルに対する非難は高まっている。10月31日にボリビアは国交断絶、11月1日にコロンビア、チリ、ヨルダンは駐イスラエル大使の召還を決定した。軍事的なエスカレーションの高まりは、外交上の措置に留まらず、周辺国へと戦線が拡大する懸念を一層と高めている。
フーシー派の参戦
顕著な動きを見せたのは、イエメン北部を実効支配するフーシー派である。
10月31日、フーシー派が支配するイエメン軍(Yemen Armed Forces)は、イスラエルに対して大量の弾道ミサイル・巡航ミサイル・ドローンによる攻撃を実施したことを明らかにし、今後もイスラエルによる侵略が止まるまでミサイル・ドローン攻撃を継続すると表明した。
これまでフーシー派による攻撃として確認されているのは、以下の4件である。
10月19日、紅海北部で米駆逐艦カーニーがイエメンからイスラエル方面に向かう巡航ミサイル3発と複数のドローンを撃墜
10月27日、イスラエル国境付近のエジプト領内のタバとヌワイバにドローン2機が着弾、6人が負傷
10月31日、イスラエル南端のエイラート近郊にてイエメン方面から飛来した弾道ミサイル1発をイスラエルのミサイル防衛システムが撃墜した他、巡航ミサイル数発をイスラエル空軍が迎撃、ヨルダンの砂漠地帯に1発着弾
イスラエルから1,700㎞離れているフーシー派の参戦は、もしかすると意外なものであったかもしれない。フーシー派はイランから軍事支援を受ける「抵抗の枢軸」の一端を担うものの、組織としてはイエメンの実効支配を確立してイエメンの正統政府と認められることを目標としている。反米、反イスラエルのスローガンでは他の「抵抗の枢軸」陣営と歩調を合わせるものの、フーシー派にとって眼前の敵はイエメン南部に暫定首都を置くイエメン正統政府であり、それを支援するサウジアラビアやUAEがこれまでの攻撃の対象であった。他の「抵抗の枢軸」陣営の面々と比べると、パレスチナ情勢とは縁の遠いアクターである。
実際のところ、フーシー派は10月31日に初めてイスラエルに対する攻撃を公式に認めたものの、その前後の経緯を見ると不可解な点が多い。
まず、10月31日の声明では、同日の攻撃が3回目の攻撃であることを自ら明かした。1回目と2回目の攻撃が何であったかに言及はなかったものの、10月19日と27日の攻撃を指すものと見て間違いないだろう。それでは、なぜ10月19日や27日に、イスラエルに対する攻撃を実施したと発表しなかったのだろうか。フーシー派は10月7日の開戦当初からハマースへの支持を明確に表明しており、軍事介入の可能性にも言及してきた。それにも関わらず、10月19日に攻撃を実施した際に、それを自らの参戦意思を示す行動であると誇示しなかったのはなぜだろうか。
第二に、10月31日に大々的に声明を発したにも関わらず、フーシー派によるイスラエルへの攻撃は11月1日以降確認されていない。11月1日の攻撃も詳細が不明であり、フーシー派は多数のドローンで攻撃したとしか発表しておらず、イスラエル軍も経空脅威があったので対処した、と短い報告しか出していない。10月31日以前にも攻撃を実施した事実があることを考えると、宣戦布告声明を出した10月31日以降は攻撃の頻度や烈度が高まることが自然なように思うが、そのような動きは確認されていない。
上記2点を総合して考えると、フーシー派は必ずしも参戦意欲が高いわけではなく、フーシー派内部でも現下の情勢にどう対応するか意見が一致していないのではないか。1回目の攻撃から参戦表明まで12日間も空いたのは、組織内部での調整に時間を要したと考えると納得できる。フーシー派が支配するサナアを始めアラブ諸国ではパレスチナへの同調と反イスラエルのデモが起きているが、イエメン国民からの支持を得るためにフーシー派はイスラエルへの攻撃に踏み切ったのではないか。しかし、イスラエルや米国から本格的な反撃を受けることは避けたいため、限定的な攻撃を散発的に行っている、ということが背景にあるように思われる。
「既に参戦している」と表明したヒズブッラー
ガザ戦争の開始以来、本格的な参戦が警戒されていたヒズブッラーは、国境付近での限定的な軍事応酬を開戦当初から一貫して継続している。11月6日時点でレバノン側では5人の民間人を含む71人が、イスラエル側では1人の市民を含む9人が死亡しており、フーシー派以上の「戦果」を挙げている。
もっとも、ヒズブッラーとイスラエル軍の交戦は国境地帯に限定されており、国境から離れた地域への攻撃はお互いに抑制している。ガザでのハマースとの交戦と異なり、死者数に占める民間人の数が非常に少ないことからも、双方が抑制的な対応していることが分かる。
そのような中、11月2日にヒズブッラーの最高指導者であるナスルッラー書記長が翌3日に演説を行うことが発表された。ナスルッラーが公の場で演説するのは10月7日以降初のことであり、イスラエルの地上戦が始まった今、ヒズブッラーがイスラエルとの対立をエスカレートさせてくるかどうか、大きな注目が集まった。
しかし、数万人の群衆を集めて行われたナスルッラーの演説は、大方の予想に反して極めて抑制的なものだった。演説においてナスルッラーは、「我々は戦争に突入しようとしていると言う人がいるが、我々は10月8日から既に戦闘に従事している」と述べた。これは、ヒズブッラーは既に参戦していると表明することで、これ以上の本格的な「参戦」は必要ないと明言したのと同義である。ナスルッラーは「レバノン南部の戦線において全てのシナリオが有り得る」と述べ、「レバノン戦線で何が起きるかは、ガザで何が起こるか次第だ」とイスラエルに強く警告したものの、これは現時点で事態をエスカレートさせる意思はなく、状況を見守って判断することを意味している。
また、ナスルッラーの演説では、10月7日のハマースの攻撃がハマースのみによって計画されたものであり、ヒズブッラーは事前に関与していないことにも触れられた。演説では機密を保ったことにより奇襲が成功したと称賛する文脈で言及されたものの、ナスルッラーはあえてこれに言及することで、ヒズブッラーの関与を問う米国やイスラエルからの追及をかわすとともに、支持者に対してヒズブッラーがハマースと完全に連帯せず、独自の行動を取ることを正当化する思惑があるのだろう。
こうしたナスルッラーの対応は、地域のエスカレーションを懸念していた人たちは胸をなでおろしただろうが、ヒズブッラーの参戦を期待していたハマースには大きな失望が広がったものと思われる。
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