思いのほか低調に終わった習近平の中東訪問② - 具体的なコミットメントを欠く合意と触れられなかった安全保障分野
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中国の習近平国家主席が12月7日から9日にサウジアラビアを滞在している間、三つの重要な政治イベントが行われた。一つがサウジアラビアを始めとする各国との二国間首脳会談、一つがGCC諸国との首脳会合、そして最後がアラブ諸国との首脳会合である。
二国間首脳会談
二国間会談のうち、もっとも中身のあるものになったのは受入国であるサウジアラビアとの会談であった。首脳会談に先立ち、グリーンエネルギー、グリーン水素、IT、クラウドサービス、運輸、物流、医療産業、住宅、建設分野等で34本の投資合意が結ばれ、サルマーン国王との会談では包括的戦略パートナーシップ協定について、ムハンマド皇太子兼首相との会談では、①サウジアラビアの「ビジョン2030」と中国の「一帯一路構想」の整合化計画、②水素エネルギー分野における覚書、③民事・商業・人事に関する司法協力協定、④中国語教育に関する覚書、⑤直接投資の奨励に関する覚書、⑥住宅分野での協力覚書の条項を活性化するための計画、について合意している。
エネルギー分野を中心に広範な分野について経済協力を進めていくことで合意が為されたようだが、その多くは法的拘束力を持たない覚書であり、具体的な協定の締結には至らなかったようだ。サウジアラビアのファーリフ投資大臣は、投資合意の規模は500億ドル相当になると述べているが、この額の投資が中国から行われることを確約するものでは全くない。覚書は締結されたもののプロジェクトが全く進まずいつの間にか立ち消えになることはよくあることであり、今回の合意の真価は今後の展開をフォローアップすることで初めて明らかとなる。
一方、一応の進展が見られた経済分野に対し、政治分野、特に米国が強く懸念していた安全保障分野に関する協力については、ほとんど触れられもしなかった。首脳会談後には長大な共同声明が発出されたが、協力する領域が総花的に言及されている経済分野に対し、安全保障分野では過激派対策で協力を進めるという通り一遍の文言が添えられたに過ぎない。外交においては、中東地域情勢についてどの方面からも異論が出ないような原則的立場について確認が為された他、習近平が唱える「新時代の未来を共有する中国・アラブ諸国共同体」構想への支持が表明されたが、具体性を欠く同構想への支持の表明が政治的に何の意味を持つのか不明である。
興味深いことに、サウジアラビアは、中国が期待していたであろう台湾問題やウイグル問題への支持を表明することは避けている。両国は領土的一体性の確保や内政不干渉の原則の維持では合意しているが、これは国家主権の基本的理解を共有したものであり、これまでと変わらない立場である。
原油増産の約束を取り付けられず散々な成果に終わったと批判されるバイデン大統領のサウジ訪問だが、会談後に発出された共同声明の充実度では、安全保障分野を始めとして機微な問題について踏み込んだ協力の実施に言及している米国に軍配が上がるだろう。
中国・GCC首脳会合
もっとも利害調整がしやすい二国間でも具体的な成果が乏しかったことから推測できるように、中国・GCC首脳会合、中国・アラブ諸国首脳会合においても見るべきポイントを欠く内容となった。
中国・GCC首脳会合後の共同声明では、2023-2027年における共同行動計画を承認したことが表明された。習近平による演説では、特に以下の5分野を重点的に進めるとされている。
①あらゆる面におけるエネルギー協力での新たなパラダイムの設定。原油・LNG取引の増加、石油・ガス開発、クリーン・低炭素技術での協力、石油・ガス取引での人民元決済の実施、原子力技術の平和利用。
②金融・投資協力における新たな進展。金融規制での協力、共同投資委員会の設立、双方の政府系ファンドの協力支援。デジタル経済、グリーン発展に関する投資協力。デジタル通貨協力の深化。
③イノベーション、科学技術に関する協力の新分野の拡大。ビックデータとクラウドコンピューティングのセンターの設立、5G・6Gの技術協力、イノベーションと起業のインキュベーターの設立、Eコマースや通信ネットワーク等の10のデジタル経済プロジェクトの実施。気象科学技術における協力と気候変動への対応。
④航空宇宙協力における新たな進展。リモートセンシング、通信衛星、宇宙利用、航空宇宙インフラ、宇宙飛行士の選抜・訓練についての協力。宇宙ステーションでの共同ミッション・科学実験。ペイロード協力へのGCC諸国の参加、月・深宇宙探査のための共同センターの設立。
⑤言語・文化協力における新たな目玉。GCC諸国の大学、学校300校と中国語教育で協力。中国語スマート教室300カ所の設置。「中国の橋」夏季・冬季キャンプ3000回開催。中国語学習・試験センター、オンライン中国語教室の設置。中国・GCC言語・文化フォーラムの開催。人民・文化交流、相互学習のためのバイリンガル図書館の設置。
いずれの領域についてもこれまで協力の進展が指摘されてきた分野であり、特に目新しいことはない。サウジとの二国間合意と同様に、ここで宣言された協力がどの程度進展していくかが焦点である。
例えば、習近平が石油・ガス取引の人民元決済について言及したことがメディアで注目されているが、同様の議論は2017年末にも話題になった。一部の報道では、サウジと中国は2016年頃から人民元決済について交渉を重ねていると報じている。サウジを始めとするGCC諸国の通貨はドルペッグ制であること、GCC諸国と中国の貿易は中国の大幅な貿易黒字でありGCC諸国は人民元の使い道を考える必要があることが、人民元決済の導入の障壁になってきたとこれまで指摘されてきており、その構図は6年経った今も特に変わらない。
また、今回の会合では、かねてから交渉が続いている自由貿易協定(FTA)の締結に至るのではないかとの見方もあったが、声明では交渉の早期完了に向けて協力を深化させていくと表明するに留まり、具体的な進展は見られなかった。
外交分野に目を移すと、GCC声明では「一つの中国原則」への支持に言及された。これもGCC諸国の従来の立場と相違なく、目新しい話ではない。GCC諸国は、米国が慎重に峻別している「一つの中国政策」と「一つの中国原則」の差異を十分に理解しているか不明であり、GCC諸国が中国寄りの立場を取っていると解釈すべきか判断に迷うところである。
一方、中国政府は、GCC声明の決まり文句である内容に不用意に同意してしまったように見受けられる。声明文には、「イランに対しIAEAへの全面的な協力を求める」や、イランによって占領されているUAEの三島について「国際法の規則に従った二国間交渉により平和的に解決する」ことを支持する、といったイランを非難する文言が含まれていた。これまで中国は地域諸国間の紛争については中立の立場を堅持し、どちらかの側に立つことはなかった。案の定、これはイラン政府の目に留まり、駐イラン中国大使がイラン外務省に召喚されて抗議を受けることになった。中国の外交方針は変わっておらず、恐らくこれは単なる手続き上のミスではないかと思われるが、中国としては中東外交の難しさに触れた一幕となった。
中国・アラブ諸国首脳会合
こちらの会合は、GCC首脳会合以上に玉虫色の内容となった。通常のアラブ連盟の会合ですら加盟国間の利害の相違が大きく、調整に難航することを考えれば、中国を入れたところで強い方向性が急に打ち出されるわけではないのは自明といえる。
どういった事情かは不明だが、中国・GCC首脳会合には参加していたバーレーンのハマド国王、カタールのタミーム首長、クウェートのミシュアル皇太子は、同日に開催されたにも関わらず中国・アラブ首脳会合の方には出席せず、代理を残して帰国してしまっている。他の参加国にとっても、会議の開催は口実であり、サイドラインでの習近平との二者会談の実施や、地域において指導的な立場にあることを示したいサウジアラビアとの関係を重視して来訪したであろう。
もっとも、これは第1回目となる会合であり、中身が薄いことは大きな問題ではないかもしれない。このような枠組みの首脳会合が開催されるようになったこと自体が大きな変化であり、注目すべき変化だと言える。こうした首脳会合が今後も定期的に開催されていくようであれば、中国とアラブ諸国の協力関係はより実務的なものに発展していき、声明や宣言の細かい表現についても分析する価値が出てくるものと思われる。