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新生シリアとの関係を探るアラブ諸国

アサド政権が崩壊したシリアでは、ダマスカスを制圧したシャーム解放機構(HTS)がアサド政権下で首相を務めていたムハンマド・ガージー・ジャラーリーから権限の委譲を受け、12月10日に暫定政府を発足させた。同暫定政府は、HTSが支配地のイドリブで設置していたシリア救国政府(SSG)をそのまま継承しており、2024年1月からSSGの首相を務めてきたムハンマド・バシールが暫定政府の首相に任じられている。他の旧反体制派勢力はいずれも暫定政府に参画していないが、同政府の任期は2025年3月1日までとされており、HTSは包括的な新政府の樹立を目指してシリア国内の各派との交渉にあたっている。

アラブ諸国は、シリア内戦が勃発した当初はアサド政権打倒に大きく傾き、サウジアラビアやカタール、ヨルダンは積極的にシリアの反体制派支援を実施していたものの、その後アサド政権の存続が確定的になったことで立場を翻し、2023年にはアラブ連盟において内戦によって参加資格を凍結していたシリアの復帰を決定している。しかし、アサド政権との関係改善はその後停滞していたこともあり、多くのアラブ諸国は新政権と新たな関係を結ぶことを躊躇する立場にはない。むしろ、アサド政権を支えてきたイランが新生シリアから排除されることはアラブ諸国にとっては望ましいことであり、シリアをアラブ諸国の一員として包摂することは戦略的な価値がある。

一方、新生シリアの政治方針によってはシリアで混乱が再び起きる可能性があり、アラブ諸国もHTS主導の新政権との関係構築には慎重な姿勢を見せている。12月14日にヨルダンのアカバでシリア問題に関するコンタクトグループの閣僚会合が開催されたが、同会議では2015年に採択された国連安保理決議2254号に基づいてシリアの平和的な政治移行を求める声明が発出されている。同会合にはアラブコンタクトグループのメンバーであるエジプト、ヨルダン、サウジアラビア、レバノン、イラク、アラブ連盟の事務局長に加え、カタール、UAE、バーレーンが招聘され、トルコ、英国、米国、EU、国連の代表も集い、アラブ諸国と欧米諸国との間でシリア政策の原則論が確認されたと言えよう。すなわち、HTS主導の暫定政府が、包括的な新政府への政治移行を平和裏に実現できるかを鍵としており、HTSが政治的実権を占有することを是とはしていない。HTSが今後イスラーム主義色を強めるようなことがあれば、ヨルダンやエジプト、UAEは新生シリアへの警戒を高めることになるだろう。

シリア問題に関するコンタクトグループによる閣僚会合(2024年12月14日)
出所: UAE国営通信

アカバ会合の注目点の一つは、アラブ諸国が欧米諸国と歩調を合わせ、外交アプローチを重視する姿勢を示したところである。シリアに軍事介入しているイスラエル、トルコ、イランと比べると、反体制派支援を既に縮小させてしまっているアラブ諸国はシリアへの影響力が限られている。アラブ諸国にとって目下重要なことは、シリア情勢の帰趨に介入することではなく、域内に混乱が波及しないよう予防的な措置を講じることである。従って、旧反体制派との太いパイプを持つトルコの積極的な対応と異なり、受動的な立場から事態の変化に柔軟に対応できるよう状況を注視することが、現在のアラブ諸国のスタンスと言えよう。特に、欧米諸国が今後HTSのテロ組織指定やシリアへの経済制裁を解除するかは、アラブ諸国が新生シリアとどう向き合うかを決定づける要素であり、結論を急ぐ必要はないのであろう。体制転換が実現したシリアへの大規模な復興支援の表明が未だに為されない背景には、このような政治的算段があるものと思われる。


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