映画館は“人生の不条理さ”を学ぶ学校だった 『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』
航空機乗っ取り犯のことをハイジャック犯と呼ぶが、この映画は「青春」を乗っ取られた若者たちの物語となっている。純真な若者たちから大切な青春を奪った犯人は、いったい誰か? それは映画であり、映画館であり、そして挑発的な映画を撮り続けた若松孝二という映画監督だった。井浦新、東出昌大、芋生悠、杉田雷麟らが出演した映画『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』が3月15日(金)より全国順次公開される。
劇中でも語られるが、若松孝二はヤクザから映画界に転身した異色の映画監督だった。浅間山荘事件の顛末を190分の怒涛のドラマにした『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(08年)、作家の三島由紀夫が陸上自衛隊市ヶ谷駐屯地で割腹自殺を遂げるまでを描いた『11.25 自決の日 三島由紀夫と若者たち』(12年)など、常人には撮ることが不可能な問題作を次々と撮ってきた人物だ。
大島渚監督の『愛のコリーダ』(76年)のプロデューサーを務め、原田芳雄と桃井かおりが主演した『われに撃つ用意あり』(90年)のようなメジャー作品も残している。また、「若松プロ」からは、『Wの悲劇』(84年)の脚本家・荒井晴彦、『孤狼の血』(18年)の白石和彌監督ら多様な才能が巣立っている。
そんな若松監督がもっともイケイケで、ピンク映画を量産していた1960年代末〜1970年代初頭を描いたのが、白石監督の『止められるか、俺たちを』(18年)だった。その続編となる本作は、1980年代の名古屋が舞台。ビデオデッキが一般家庭に普及するなか、若松監督が名古屋初のミニシアター「シネマスコーレ」を開業した当時のエピソードが語られる。やはり「若松プロ」出身で、前作では脚本を担当した井上淳一監督が、自身のリアルな実体験をベースに映画化している。
文化不毛の地に建てられた小さな映画学校
名古屋でビデオカメラのセールスマンをしていた木全(東出昌大)のところに、一本の電話が掛かってきた。名前は知っていたが、面識はない若松孝二(井浦新)からだった。「名古屋に映画館をつくりたいから、支配人になってほしい」という依頼だった。木全は池袋の文芸坐に勤めていた経験があった。
木全が「なぜ名古屋に?」と尋ねると、若松はきっぱりと答える。「東京も大阪も(賃料が)高いが、名古屋だと安くていい」と。何事も合理的に考えるのが、若松孝二という男だった。
1983年、文化不毛の地とされてきた名古屋に、客席数50席という小さな映画館が誕生する。名前は「シネマスコーレ」。「スクール」を意味するラテン語の劇場名だ。自主映画を撮ることができずにいる大学生の金本法子(芋生悠)、映画好きが昂じて浪人生となった井上淳一(杉田雷麟)ら、世間に居場所を見つけらずにいた若者たちがシネマスコーレに集まってくる。
大手の映画会社におもねることなく、自由に映画を撮り続ける若松監督は、映画界を目指す若者たちにとってはカリスマ的な存在だった。実際、若松監督は見た目はコワモテだったが、人を惹きつける魅力の持ち主だった。
モデル出身の井浦新は、骨太体型だった若松監督とビジュアルはまったく似ていないが、前作に続いて敬愛する若松監督に少しでも近づこうと懸命に努めている。若松作品から薫陶を受けた者たちの記憶の中にある、愛すべき若松監督になってみせている。
東出昌大は『Winny』『福田村事件』(23年)と話題作に意欲的に出演している。白石監督が撮った配信ドラマ『仮面ライダーBLACK SUN』で訳ありヒロインを演じた芋生悠、昭和期まで存在した山の民との交流を描いた『山歌』(22年)に主演した杉田雷麟は、これからが楽しみな若手俳優だ。伸び盛りの杉田、芋生らの演技を、兄貴分の井浦と東出が見守るような現場だったのではないだろうか。現在のシネマスコーレの坪井篤史支配人、木全純治代表もカメオ出演している。
若松監督から学んだ創作の極意
シネマスコーレが開業してからは、若松監督に弟子入り志願した井上が物語の中心となっていく。早稲田大学に入学した井上は授業には出ず、若松監督のもとで新米助監督として働くことになる。憧れていた映画の撮影現場だったが、若松監督に怒鳴られ続ける毎日だ。当然のごとく金銭的な報酬はなし。映画業界は想像以上にブラックだった。井上監督の実体験が生々しい。
前作『止められるか、俺たちを』でも、若い助監督が監督デビューするチャンスを若松監督が与える様子が描かれていた。だが、若松監督は現場にうるさく口を挟み、新人監督が少しでももたついていると、「もういい、俺がやる」と仕事を奪ってしまう。
若松監督のこうした現場介入に閉口し、若松プロから離れていく者、映画界を去っていく者は少なくなかった。若松孝二は映画ファンには眩しい存在だったが、監督デビューを志す者にとっては大きな壁のような存在でもあった。前作のヒロインだっためぐみ(門脇麦)は、壁にぶつかり、苦悩し、若い命を絶ってしまった。
何者にもなれず、もがき続ける井上や法子の前で、若松監督は創作に関する極意を語る。
「自分の中にある、ドバァ~と出せるものを何か見つけないと」
若松監督はヤクザ時代に逮捕歴があり、警察を憎んでいた。そのことから警官をぶっ殺し、国家権力に抗う者たちの映画をつくり、映画監督として成功することができた。権力者への強い怒りが、若松作品の原動力となっていた。
この言葉を聞いていた井上の中で、若松孝二に対する強い衝動が芽生える。温かい家庭で育った井上にとって、初めて覚えた殺意だった。愛する母親(映画)を守るためには、父親(若松監督)を殺さなくてならない。一種のエディプスコンプレックと言っていいだろう。憧れの存在でありながら、同時に憎悪の対象でもあるのが、若松孝二という男だった。
優しさだけでは、創作は成り立たない。愛情だけでなく、怒り、憎しみ、おかしみ、哀しみ……、あらゆる感情を咀嚼した上で吐き出し、物語として再構成することで映画は生まれる。若松孝二や「シネマスコーレ」に大切な青春を奪われた井上や法子の胸の中に湧き上がる複雑な感情が、この映画を突き動かしていく。
2012年10月に交通事故で亡くなった若松監督は、多くの人の記憶の中に生き続けている。映画の面白さを教えるのと同時に、現実の厳しさも教えてくれた。映画製作に関しては常に合理的だったが、彼が撮る映画はとてもシュールだった。そして若松孝二自身が傍若無人キャラでありながら、憎めない魅力を持つという矛盾した存在だった。
不条理だらけの現実世界に、矛盾に満ちた実人生に、どう向き合って生きていくのか。若松監督がつくった「シネマスコーレ」は、教科書からは学べないことを教えてくれる大切な学校だった。そして今なお、多くの若者たちの青春をジャックし続けている。
『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』
脚本・監督/井上淳一 出演/井浦新、東出昌大、芋生悠、杉田雷麟、コムアイ、田中俊介、向里祐香、成田浬、吉岡睦雄、大西信満、タモト清嵐、山崎竜太郎、田中偉登、高橋雄祐、碧木愛莉、笹岡ひなり、有森也実、田中要次、田口トモロヲ、門脇麦、田中麗奈、竹中直人
配給/若松プロダクション、スコーレ株式会社 3月15日(金)よりテアトル新宿、名古屋シネマスコーレほか全国順次公開 (c)若松プロダクション
※井上淳一監督への、前作『止められるか、俺たちを』公開時のインタビューはこちらです。https://www.cyzo.com/2018/10/post_178108_entry.html