100の回路#19 「手話」に対する誤解を解いて、ろう者と聴者が対等な社会へ。 (株式会社シュアール代表・大木洵人さん)
こんにちは。
THEATRE for ALL LAB研究員の土門蘭です。
今回の「100の回路」では、手話とITを組み合わせたサービスを展開している、株式会社シュアール代表の大木洵人さんをご紹介いたします。
「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。
(シュアールが提供する「遠隔手話サービス」を実際に利用している写真です。向き合うふたりの間にタブレットが置かれており、液晶画面には手話通訳士が映っています。画面はろう者の方へ向けられています)
「ろう者と聴者が対等な社会を創造する」
そんな理念を掲げ活動しているシュアールグループは、2つの法人が「手話で暮らす人々の暮らしを快適に豊かにするための活動」を連携して行っています。
ひとつは、大木さんが代表を務める株式会社シュアール。こちらでは、遠隔手話通訳サービスを軸に「手話の社会的インフラ」の普及活動を行なっています。
そしてもうひとつは、今井ミカさんが理事長を務めるNPO法人シュアール。こちらは映像制作やプロデュースをメインとしながら「手話のエンターテインメント」を広げる活動をしています。
この2つの活動を連携させながら、「ろう者と聴者が対等な社会」を目指しているのがシュアールグループです。
今回は株式会社シュアール代表であり、シュアールグループの創業者でもある大木さんにお話をうかがいました。
ご自身は耳の聴こえる聴者であり、また、手話を第一言語とする耳の聴こえないろう者と交流した経験ももともとはなかったという大木さん。そんな彼は、どうしてシュアールを立ち上げようと考えたのでしょうか。また、大木さんが目指す「対等な社会」とはどういったものなのでしょうか。
「手話×ビジネス」で活動する大木さんに、これからの手話の可能性についてうかがいました。
(シュアール代表の大木さんのバストアップの写真です。短髪にグレーのスーツ、薄い水色のシャツを着た大木さんが、正面を向いて微笑んでいます。背景にはシュアールのロゴが描かれた壁があります。ロゴには人の横顔と人差し指の形が描かれています)
大木 洵人 / 株式会社シュアール 代表取締役
1987年群馬県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒。東京大学大学院情報学環教育部修了。大学在学中に手話の言語としての美しさに魅かれ、独学で手話を始める。
同年、NHK紅白歌合戦の一青窈さんの手話バックコーラスに出演する。紅白出演をきっかけに、ろう者向けの娯楽が少ない事を知り、手話映像制作のボランティアを始める。その後、彼らの社会インフラが整備されていない現状(手話で緊急電話ができないなど)を目の当たりにし、2008年にシュアールを創業。
「ろう者と聴者の本当の意味での対等な社会を創造する」という理念のもと、テレビ電話を利用した遠隔手話通訳や、手話キーボードを搭載した手話辞典など、ITを駆使した手話サービスを開始する。2013年、手話通訳士取得。趣味はスポーツと囲碁。
手話は、日本語とはまったく違う言語
(大木さんがろう者の会社のスタッフと手話でコミュニケーションをとっている写真です。右手を軽く上げ、人差し指を上に向かって差し、胸の前で左手を軽くグーにしています)
ご自身は聴者であり、周りも聴者ばかりの環境で育ったという大木さん。
そんな彼が初めて手話に出会ったのは、NHKで放送されている手話講座『みんなの手話』でした。
「中学2年生の時に『みんなの手話』を観て、手話っておもしろそうだなと思ったのが始まりです。テレビで初めて手話を見て、自分がこれまで使っていた言語とはまったく違う言語だということに衝撃を受けました。日本語は音声言語ですが、手話は視覚言語です。その違いに、とても興味を惹かれたのだと思います」
これまで出会ったことのない言語「手話」に、強く惹かれた大木さん。
ですが、当時は今のようにインターネットが発達していなかったので、手話を学べる場所を探すのが難しかったそうです。
そんな大木さんが再び手話に関わり始めるのは、大学生の時。もともとあった手話サークルは無くなってしまっていたため、大木さんは一年生で、新たに手話サークルを立ち上げます。
そこで仲間たちと手話を学ぶ中で、初めてろう者の方とも交流するようになり、そこからさらに興味を持つようになったのだと言います。
(大学時代の大木さんの写真です。手話サークル内で、仲間と手話の練習をしています。大木さんは立って、手を狐のような形にしています。他の3名の学生は、座ってその様子を見つめたり、手の形を模倣しようとしています)
「ろう者はマイノリティなので、独自のコミュニティがあり、そこにはろう者のエンタメで活動する素晴らしい表現者の方がいらっしゃいます。しかし聴者の中では、そういったろう者の存在や、手話ろう文化を中心にした娯楽があることなどは知られていません。その背景には、一般的に手話が日本語と異なる言語であることが知られていないため、手話の必要性が理解されず、社会の中で手話を取り入れてもらえていない現状があります。だから、ろう者の活動の場が狭くなっているのだと感じました」
そんな時、大木さんは知り合いのろう者の方からこんな話を聞きました。
「ろう者の夫妻のお子さんが、ある夜に高熱を出して、痙攣を起こしたのだそうです。でも、耳が聞こえないので電話がかけられず、救急車を呼ぶことができない。その時は、近所の方に助けてもらい事なきを得たそうですが、それを聞いて、ろう者の方たちの社会インフラが整っていないことを知りショックを受けました」
当時はスマートフォンもなく、ビデオ通話などできなかった時代。せいぜいFAXしか使えず、また法律も整っていなかったと、大木さんは振り返ります。
そんな中で大木さんは、これらの課題に対して何かできることはないだろうか、と真剣に考え始めました。それが大きな決め手となり、大学2年生の時に任意団体シュアールを設立。翌年には株式会社シュアールとして法人化し、本格的に活動を始めました。
「手話がなくても字幕があれば十分だろう」という誤解
(zoomでのインタビューの様子の写真です。「日本語と異なる言語の手話を母語とするろう者の暮らしに手話をあたり前にする」というシュアールのテーマが映されたシートが、大木さんの横に提示されています)
シュアールのミッションは、
「日本語と異なる言語の手話を母語とするろう者の暮らしに手話をあたり前にする」というもの。
手話やろう文化については、後日公開予定のNPO法人シュアールの理事長・今井ミカさんのインタビューにて詳述しますが、例えば英語が日本語とまったく違う言語であるように、手話も日本語とは、文法も表現方法もまったく異なる言語です。
よって、「手話通訳がなくても、筆談や字幕があれば十分だろう」という考えは誤解なのだと、大木さんが言います。
第一言語が手話のろう者は1000人に1人と言われていますが、その方達にとって日本語は第二言語。彼らにとって日本語で筆談したり字幕を見たりすることは、母語以外の言葉を読むことと変わりないことなのです。
そこが正しく理解されていない限り、手話の必要性はなかなか認識されない。それが、手話の社会的インフラがなかなか広まらない要因なのだと大木さんは語りました。
「手話と日本語が違う言語であることが正しく認識されていないと、手話の必要性に対して理解していただくことができません。そしてそれは、手話通訳者の社会的地位の低さにつながっています」
現在、手話通訳者の中でも唯一政見放送や裁判での通訳が可能で、公的資格であり取得難易度が高いとされる手話通訳士は、日本で3832名。中でも女性が9割で、平均年齢は55歳。全国的に高齢化と人材不足が進んでいるのは、手話の必要性の理解がないこと、また高度なスキルを要する手話通訳士のニーズがきちんと理解されず、社会的地位が低いままだからだと大木さんは考えています。
「我々が課題に感じているのは、社会における手話でのコミュニケーションの場が少ないことです。最近は挨拶など簡単な手話ができる人が少しずつ増えていて、それはとても嬉しいことだと思っていますが、ろう者が生活する中で、手話通訳が必要な場面も多くあります。例えば、急なトラブル対応や重要な契約をするときに、手話通訳を利用できる機会は少ない状況です。日常生活だけではなく、仕事や娯楽の面でも同様です。手話でコミュニケーションができないために、ろう者の方の活動に制限がある状況になってしまっているんです」
回路74 手話に関する正しい理解が、聴者とろう者の間の壁を壊す第一歩となる。
まずは「手話は一つの言語である」ことを理解するところから
そんな状況を打破するべく、株式会社シュアールが行っているのは、遠隔手話通訳サービスを軸とした社会インフラの創出です。
行政・交通・生活などの社会インフラを担う企業に手話サービスを普及し、ろう者のお客様が問い合わせをしたいときに、遠隔でサポートがつけられる体制を整えています。
JALプラザでの対面利用イメージ
JALコールセンター利用イメージ
(遠隔手話通訳サービスのイラスト説明の図です。お客様とJALスタッフの間に液晶モニターがあり、その中で手話オペレーターが通訳をしています。図では「航空券の予約をしたいのですが」というお客様の要望を、ビデオ通話で手話オペレーターが受け取り、電話でJALコールセンターへと伝えています)
例えばJALグループでは、各コールセンターやJALプラザのカウンターにおいて遠隔手話通訳サービスを導入しており、問い合わせや手続きの際に利用できます。聴覚障がいのあるお客さまと受付担当者の会話を、ビデオ通話の画面を通して手話から音声言語へ、そして音声言語から手話へ通訳します。JALグループ以外の役所や銀行などの窓口でも、こういったサービスを提供しているそうです。
「これまではこういった遠隔手話通訳のサービスがなく、ろう者の方が急に聴者とコミュニケーションが必要になった場合、第二言語の日本語で筆談するか、ジェスチャーで伝えるか、あるいは諦めてしまうかのいずれかでした。聞きたいことを聞けずに、我慢されてきた方も多いと思います。時々『うちにはろう者の方は来られたことがないので、そういったサービスは大丈夫です』と言われることがあるのですが、実際は行くことができていないだけ。言語の違いから、ろう者の方々にとってのアクセスが閉ざされてしまっている状態なんです」
これが外国の方向けのサービスであれば、「多言語対応するべきだ」とか「英語で対応できないとお客さんが来ない」ということがスッと理解されるはず。ですが手話となった途端に、「字幕や筆談でいいでしょう」と思われてしまう。その理由はやはり、手話と日本語の違いが正しく認識されていないからなのだと、繰り返し大木さんは語ります。
「我々がこのサービスを通して目指しているのは、『ろう者と聴者が対等な社会』です。多くの方に日本語と手話が違うのだということを知っていただき、日常生活における手話でのコミュニケーションの場を提供することで、ろう者と聴者が対等に交流できるようにする。すると手話通訳士の社会的地位が上がり、なり手が増え、ろう者がもっと活躍できる社会になる……そんな正のスパイラルを作れたら、手話とろう者の可能性がどんどん広がっていくはずだと思っています」
また、大木さんは「対等」な関係性について、このようにもおっしゃいました。
「何より大事なのは、『手話が一つの言語である』とみんなに理解してもらい、必要性を知ってもらうことです。『言語が違うのだから、その間を埋めるのは当然必要なことだ』と、みんなに理解してほしい。それが、対等になるための態度だと思います」
(大木さんが黒いノートパソコンに向かってお話をしている写真です。ヘッドフォンをつけ、画面に向かって右手を上げて話しかけています)
大木さんのお話を聞いて、これまで自分が手話について大きな誤解をしていたことに気がつきました。
手話は日本語の代替ではなく、優劣もなく、どちらも独立した言語だということ。
どちらも誰かにとって、大事な母語、第一言語だということ。
同じ日本に異なる第一言語を持つ人々がいるなら、対等に交流できる環境を作ることは当然だということ……そういったことを、大木さんのお話から学びました。
最初に大木さんは「聴の世界」と「ろうの世界」という表現をされていましたが、このインタビューを通して、いかに自分がその間にある言語の違いについて無知であったかを痛感しました。シュアールの活動は、その二つの世界を橋渡しし、それぞれの世界を広げるものです。
手話と日本語の間に橋が架けられた時、聴者である私は「ろうの世界」でどんなろう者の方と出会えるでしょう。そしてろう者の方々は、「聴の世界」でどんな活動を新たに始められるでしょう。大木さんの言う「対等な社会」とは、誤解による障壁がなくなり可能性が広がる社会のことなのかもしれません。
回路75 手話は、外国語のようにまったく異なる言語であるからこそ独自の文化があり、手話を第一言語とするろう者は、言語的少数派である。
大木さんが代表を務める株式会社シュアール、そしてシュアールグループについては、こちらで知ることができます。ぜひチェックしてみてくださいね。
https://shur.jp/
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★現在THEATRE for ALLでは、2021年7月21日より、
手話特集「見える言語・動く言語ー手話で感じる世界の見え方ー」を開催中!
"手話ってどんな言語なんだろう?"
様々なろう者や手話ユーザーの方々と共に、手話やろう文化について理解を深める特集企画。新作の動画配信からオンラインイベント、オンラインワークショップまで、異なる切り口で迫ります。ぜひご参加ください!
https://theatreforall.net/news/news-2218/
また、noteと同じ記事をアメーバブログでも掲載しています。視覚障害をお持ちのパートナーさんから、アメブロが読みやすいと教えていただいたためです。もし、アメブロの方が読みやすい方がいらっしゃれば合わせてご覧くださいね。
https://ameblo.jp/theatre-for-all
こんな風にしてくれたら読みやすいのに!というご意見があればできる限り改善したいと思っております。いただいたお声についても記事で皆さんに共有していきたいと思いますので、どうぞ教えてください。
執筆者
土門蘭
1985年広島生まれ、京都在住。小説・短歌・エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事の執筆などを行う。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』(寺田マユミとの共著)、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。
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