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100の回路#20 ろう者にもっとエンタメの場を。手話があることが当たり前な社会を目指して。(NPO法人シュアール理事長・今井ミカさん)

こんにちは。
THEATRE for ALL LAB研究員の土門蘭です。

今回の「100の回路」では、NPO法人シュアール理事長の今井ミカさんにお話をうかがいました。NPO法人シュアールは、ろう者のエンターテインメントや教育分野に焦点を当て活動している団体です。

また、前回ご紹介した大木洵人さんが代表を務める株式会社シュアールと、同じグループに属するもうひとつの組織でもあります。
株式会社シュアールは「手話の社会的インフラの普及活動」を、NPO法人シュアールは「ろう者のエンタメ・教育分野の拡大活動」を。
その二つを両輪として、「ろう者と聴者が対等な社会を創造する」ことを目指しているのがシュアールグループなのです。

「100の回路」シリーズとは?
回路という言葉は「アクセシビリティ」のメタファとして用いています。劇場へのアクセシビリティを増やしたい我々の活動とは、劇場(上演の場、作品、そこに巻き起こる様々なこと)を球体に見立てたとして、その球体に繋がる道があらゆる方向から伸びているような状態。いろんな人が劇場にアクセスしてこれるような道、回路を増やしていく活動であると言えます。様々な身体感覚・環境・価値観、立場の方へのインタビューから、人と劇場をつなぐヒントとなるような視点を、“まずは100個”収集することを目指してお届けしていきたいと思っています。

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(zoomインタビュー中の今井さんの写真です。画面越しに、笑顔でこちらを向いていらっしゃいます。左胸を右手で掻きながら、サインネーム「今井ミカ」を表しています)

今井さんは、生まれた時から耳が聴こえません。
またご家族も皆ろう者であり、幼い頃からろう文化の中で生まれ育ったのだそうです。

「今井ミカです。サインネームは、このように表します」

そう言って、今井さんは肩のあたりを指で掻く仕草をしながら、手話で「ミカ」と自己紹介をしてくださいました。サインネームとは、手話で表現するあだ名のこと。その人の特徴や性格、癖などからつけられるものなのだそうです。

「私の場合はふとした時に体を掻く癖があるので、このようなサインネームになりました」

そう言って朗らかに笑う今井さん。そんなあだ名の付け方があっただなんて知らなくて、インタビューの最初からまだ知らぬ「ろう文化」の一部を教えていただいた気持ちになりました。

ろう文化とは何か、手話とは何か。
そして、今井さんがNPO法人シュアールでやろうとされていることとは?

そんなテーマのもと、手話通訳士の方に間に入っていただきながら、インタビューが始まりました。

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(NPO法人シュアール理事長・今井ミカさんのバストアップの写真です。ショートカットでネイビーのジャケットを着た今井さんが、オフィスのデスクの前で、こちらを向いて座っています)

今井 ミカ /  NPO法人シュアール理事長
群馬県伊勢崎市出身。小学生の頃から映画監督になりたいという夢を抱きつつ、デフファミリー(ろう者の家族)の中で育つ。群馬県立ろう学校卒業後、和光大学表現学部総合文化学科映像コースに進学。在学中にシュアールの立ち上げに参画する。卒業後に手話言語学の研究のため、香港中文大学の手話言語学・ろう者学研究セン ターへ留学。
帰国後、シュアールに戻り、手話TV 番組制作ディレクターとして活動。2019年4月より理事長に就任。映画監督としても活動中。

ろう者の方々が持つ、独自の言語・文化とは?

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(zoomインタビュー中の今井さんの様子です。こちらを向いて手話を使いながら、インタビューに答えてくださっています)

まず今井さんが教えてくださったのは、手話とろう文化についてでした。

「『聴覚障害者』という言葉がありますが、一言で言ってもさまざまです。例えば、補聴器をつけている人、人工内耳をつけている人、口の動きを読み取り声で話す人、筆談を利用する人、途中から聴こえにくくなった人……」

その上で「私のアイディンティは、ろう者です」と今井さんは話します。
ろう者には以下の三つの特徴があるのだそうです。

「1.視覚で情報を得る
2.第一言語が手話
3.独自の文化がある」

つまり「聴覚障害者」と「ろう者」は、イコールではないのだということ。そのことを、私はそのとき初めて知りました。

001_自然言語PPT

(取材中に今井さんが見せてくださったスライドです。スライドには、「ろう者から生まれた自然言語である『手話』」という文字、そして、9人の人物が思い思いに話している様子のイラストが描かれています)

手話を母語とするろう者は、1000人に1人。

「常に視覚で情報を得ているろう者は、赤ちゃんの頃から耳ではなく目で物事を把握することが習慣化されています」

と今井さんは説明します。抱っこされながらも首を後ろに向けてキョロキョロと見回したり、おもちゃも音ではなく光や振動の変化があるものを楽しんだり。

そんなろう者がろう者のコミュニティの中で成長するにつれ身につけるのが「手話」です。

「『聴こえないから声の代わりに手話を使う』のだと思われがちですが、手話は音声言語の代替として作られたのではなく、ろう者コミュニティの中で自然と生まれた言語です」

つまり、日本語と手話は成り立ちからしてまったく異なる言語。そのことを今井さんが、実例をもとに示してくれました。

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(zoomインタビュー中の様子です。今井さんがスライドの画面を映しています。スライドには「手話と日本語の違い」というタイトルが打たれ、「お昼は何を食べましたか?」という日本語と、その手話表現の写真が掲載されています。「昼」「食べる」「終わる」「何?」という順序で、手話をする今井さんの写真が掲載されています)

例えば「お昼は何を食べましたか?」。
こちらは手話では、「昼 食べる 終わる 何?」と表すそう。
これだけ見ても、文法がまったく異なることがわかります。

さらに手話では、「何?」といったWH疑問詞が文末に来るのですが、この「何?」のところでは、手だけではなく首も左右に振るのだそう。また、手話には「は」「を」「と」などの助詞がなく、その代わりに顔の動きや頭・肩の動きを用いて表します。

「つまり、顔の動きもまた文法の一つなのです」

と、今井さんは説明してくれました。

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(zoomインタビュー中の様子です。今井さんがスライドの画面を映しています。スライドには「聴者とろう者の違い ろう文化は独自の文化」というタイトルが打たれ、左には聴者の、右にはろう者の文化が対になり記載されています)

また、ろう者の方々が持つ文化「ろう文化」についても教えていただきました。

聴者とろう者の根本的な違いは、コミュニケーションにおいて「耳で聴くか」「目で見るか」。ろう者は目で見てコミュニケーションをとるので、遠隔では電話ではなくテレビ通話を使いますし、対面時では手話の文法である手や顔の動きが見えやすいよう、隣り合うのではなく向かい合って話します。

また、意思表現がストレートなのも、ろう者のコミュニケーションの大きな特徴です。

例えば「昼ごはんを一緒にどう?」と誘われて気乗りしないとき、聴者の場合は「仕事が忙しいから、予定を見てみるね」などと曖昧にしがちですが、ろう者の場合は「今日は無理です」とはっきり言う人が多いようです。

このように、価値観や生活習慣の違いがさまざまあるので、文化もそれだけ異なるのだと今井さんは話しました。

回路76 ろう者コミュニティの中で、自然に生まれたのが手話。よって手話は、日本語とは成り立ちからしてまったく異なる、独立したひとつの言語である。

ろう者にとってのエンタメを提供していきたい

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(zoomインタビュー中の様子です。今井さんが両手で「W」という文字を作り、お笑いコンビ『デフW』についての説明をしています)

ろう文化の中で育ち、手話を第一言語としてきた今井さん。

当事者である今井さんがシュアール理事長として目指しているのは、「ろう者のエンターテイメントや教育分野に焦点をあて、手話で暮らす人々の暮らしが、より豊かになること」です。

「ろう者が手話で楽しめる機会を増やしたいと思っています。私が幼いときは、ろう者にとってのエンタメの機会がほとんどなく、なかなか楽しむことができませんでした。例えばテレビも、ついているとしたら日本語の副音声だけ。今は字幕が徐々につけられてきていますが、それでも日本語は私にとっては第二言語なので、100パーセント理解できるわけではありません。第一言語の手話で楽しめるエンタメがあったらいいのにな、とずっと思っていました」

手話の普及がなされていないので、ろう者にとってのエンターテインメントがない……この問題は教育の領域でも起こっています。

ろうの子供たちが学習するための教科書や参考書に記載されているのは、全て日本語。その状況はまるで、日本語を母語とする子供が、外国語で書かれた教科書を使っているのと同じことです。写真やイラストを理解することはできますが、文章をきちんと理解するのはハードルが高い。ろうの子供たちには、第一言語・手話で学べる環境や教材がほぼないのに等しい状況です。

これらの問題が起こっている背景を、今井さんは「手話と日本語が異なる言語であることを知らない人が多いからだと思います」と語ります。

「手話やろう文化を知らない方々が圧倒的に多く、知る機会も限られています。だから、ろう者が手話で楽しめる機会を増やすと同時に、聴者に手話やろう文化のことを伝えていきたい。そんな活動をしていけたらと思っています」

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日産自動車 ニッサン パビリオン「ハンズフリー・ラブ」
(2020年に今井さんが手話監修をした『ハンズフリー・ラブ』という、大手自動車メーカーのショートムービーの画像です。運転席に座っているろう者の男性が、助手席に座っている聴者の女性に手話で話しかけています)

そんな思いのもと、具体的な活動としてシュアールが行っているのは、手話映像の制作・監修、ろう者タレントのプロデュースなどです。

個人では映画監督としても活動している今井さん。代表作『虹色の朝が来るまで』では、「ろう者× LGBTQ」というWマイノリティの人々をテーマに、初めて音響をつけた作品制作に挑みました。その実績をもとに、現在は映像編集や手話監修も幅広く行っています。

例えば昨年には、デフWの長谷川翔平が主演で出演している、大手自動車メーカーのショートムービーにて、ろう者と聴者のラブストーリー映像における、手話やろう文化の監修を今井さんが担当。そのほかにも、企業や交通機関における手話解説動画の編集・監修なども務めています。

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『手話で楽しむ生きものずかん』のサイトのトップページの画像です。真ん中に「ようこそ!」という吹き出しとともに、オーバーオールを着た男性が人差し指を上に向けながら立っています。左は「水族ずかん」、右は「動物ずかん」のページです)

またオリジナル映像制作も行っており、グルメやドッキリなどさまざまな企画がある『手話TV』の無料配信(現在サイトをリニューアル中)や、ろうの子供たちの学習のために『手話で楽しむ生きものずかん』をリリース。

「子供たちに手話で生き物の生態を知ってもらい、学習意欲の向上につなげたい」

と、今井さんは話します。

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(ろう者のお笑いコンビ「デフW」の二人の写真です。サスペンダーをつけた二人の男性が、それぞれ両手をお腹の前で組み、肩を寄せ合ってやや斜めになりながら立っています。Vの字に留められたサスペンダーが、ふたり合わせて「W」の形になります)

さらに今井さんは、「デフW」というろう者のお笑いコンビタレントのプロデュースも担当。「ろう文化あるある」をYouTube配信したり、『NHK みんなの手話』では「ろう文化コント」を行ったりして、ろう文化の普及を狙っています。彼らは特に、子供たちから人気があるそう。デフWが、ろうの子供達の将来のロールモデルの一つとなることも、今井さんは願っています。

「まずは、ろう者の方々にエンタメの場を提供して楽しんでいただきたいです。特に子供たちには、第一言語である手話で楽しみながら、いろんな世界を知って欲しいです。また、聴者の方にもろう文化を知っていただけるよう、エンタメを通して伝えていけたらと思っています」

私も実際にデフWのコントをYouTubeで拝見しましたが、字幕付きで見ると聴者の私にも意味が理解でき、とてもおもしろい内容でした。内容もさることながら、それ以上に手話表現の豊かさ、動きの美しさに惹かれ、ろう文化の魅力に触れることができました。みなさんも、ぜひご覧ください。

回路77 ろう者にとってのエンターテインメント・教育領域の充実は喫緊の課題。手話やろう文化への理解が深まれば、より拡充していけるはず。

ろう者だけが持つ力、聴者だけが持つ力がある

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(映画を撮影している最中の今井さんの写真です。白いシャツを着た今井さんが、屋外で手話を使いながら指示を出しています。右手は親指・人差し指・中指を立 て、左手は人差し指のみを立てた手話を表しています)

最後にNPO法人シュアール理事長として、またひとりの映画監督として、どんな社会にしていきたいかをうかがいました。

「これからテレビや動画などで、ろう者が活躍できる機会がもっと増えていけばいいなと思っています。ろう者がいることをより日常的に、より当たり前にしていきたいんです」

今井さんは、「ろう者と聴者、互いの良さを引き出しながら新しいものを作っていきたい」と話します。

「私は、ろう者だけが持つ力、聴者だけが持つ力があると思っています。
例えばろう者は、耳を使わずに24時間常に目だけを使っているので、視覚情報の収集能力が高く、よりたくさんの情報を目で捉えることができるんですね。夏場なんか、セミをすぐに樹の中から見つけることができるのでよく驚かれます(笑)。

このように、ろう者だけが持つ力、聴者だけが持つ力がある。得意な面、独自の視点……それらをお互い持ち寄って作品を作り上げると、新しいおもしろいものが作れるんじゃないかなと思います」

そしてもうひとつ、と今井さんは続けました。

「個人的には、『バリアフリー』という言葉についてよく考えるんです。『バリアフリー』の項目の中に『手話通訳』が挙げられることが多いのですが、果たしてその位置付けでいいのだろうか、と。もちろん、手話通訳はあった方がいいのは確かなのですが、多言語通訳には『バリアフリー』という言葉を用いないですよね。

日本語と手話が異なる言語であるという前提で考えると、手話通訳は多言語通訳と何ら変わりません。外国の方が日本語の作品を楽しめないから多言語通訳を入れるように、手話通訳も言語が異なるから必要なだけ。

それなので『バリアフリー』という位置づけではなく、多言語通訳のように手話通訳があるのが当たり前な社会だといいなと思います」

私はこの言葉を聞いたとき、シュアールグループのビジョン「ろう者と聴者が対等な社会を創造する」を思い出しました。

今井さんは、「ろう者と聴者の違いは言語であり、言語が違うので文化も違います」と語ります。耳が聴こえる / 聴こえないことで、得意なことや苦手なことは異なりますが、そこに優劣や主従関係はありません。

それぞれが持つ独自の視点・能力を認めて活かし合い、新しいものを作り出す社会。
今井さんにとっての「対等な社会」とは、まさにそんな社会なのではないでしょうか。

回路78 ろう者だけが持つ力、聴者だけが持つ力。それぞれを認め合い生かし合うことで、これまでになかった新しいものが作れる。

今井さんが理事長を務めるNPO法人シュアール、そしてシュアールグループについては、こちらで知ることができます。ぜひチェックしてみてくださいね。

https://shur.jp/


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THEATRE for ALLでは、2021年7月21日より、
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https://theatreforall.net/news/news-2218/

執筆者

土門蘭
1985年広島生まれ、京都在住。小説・短歌・エッセイなどの文芸作品や、インタビュー記事の執筆などを行う。著書に歌画集『100年後あなたもわたしもいない日に』(寺田マユミとの共著)、インタビュー集『経営者の孤独。』、小説『戦争と五人の女』がある。

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