わたしとCafe1894
わたしにはCafe 1894でデートした3人の女性がいる。
それが、最後にデートしたUさんと結婚する未来につながった。
Cafe 1894は東京駅のすぐそば、三菱一号館美術館にあるレトロでおしゃれなカフェ。もともと銀行だったようで太い柱や高い天井が印象的だった。所々に彫り込まれている意匠もすてきだ。ここは当時付き合っていた彼女と散歩していたときに見つけた。
この時期の私は浮かれていた。はじめての恋人ができたらそうなるものかもしれない。デートでのお金は出していたし、なるべく恋人へ時間を使うようにしていた。思えば彼女が好きだったというよりも、恋人がほしかったのだ。ひどいなあと今では思う。
一緒に行った日はCafe 1894でコーヒーとクラシックアップルパイを食べた。こんなに美味しいアップルパイは食べたことがなかった。少し温かいパイとバニラアイスクリームの組み合わせが口の中で甘くほどけた。コーヒーも苦みの強いブラックで、アップルパイとあっていた。わたしがいつものように会計を済ませる。
また来たいと思った。
こんな感じで関係が続くんだろうなと思っていた。
わたしに彼女ができたのも想像していなかった未来だ。彼女と別れたのも予期せぬことだった。人間関係に区切りをつけるのは初めてで、どう振る舞えばよいかわからなかった。休日に公園のベンチに2人で座り、「別れたい」と言われた。そのときは「君の考えを尊重する」と言った。そう思っていた。一人になると頭の中がごちゃこちゃして、すべてがなくなったように思えた。アニメ銀魂を見て笑うつもりが泣いていた。自分の気持ちを紙に書き出して線で消した。
区切りがついたのは後輩の女性と横浜へでかけたころだった。付き合っているわけでも恋愛感情を持っていたわけでもない。会社で同じチームになり、話があって楽しかった。
「夏休みに遊びに行きませんか?」と誘われて出かけたのだ。恋人と別れた直後にはじめてチームのリーダーになり、4月から5月はしんどかった。そんななか、後輩との1on1面談でなにげない雑談をする時間は楽しかった。チームの運営について相談することもあった。「The-townさんなら大丈夫ですよ」と応援してくれているようで、心が回復していった。
8月に有給休暇をあわせ、横浜中華街やクジラの背中を歩いた。
ジョジョの話で、部長が以前
「こいつペッシみたいな頭だな」
とチャットでつぶやいていたと話して2人で笑った。恋愛のことも少し話してみた。後輩はあまり関心がないようだった。異性同士だけど恋人ではなく友人のような関係になっていた。
それから会うようになり「今度Cafe 1894に行ってみない?」と誘った。恋人の記憶を後輩で上書きしたかったのかもしれない。前に行ったときと同じで行列ができていた。1時間ほど並んで一緒にランチを食べる。
「ここは出すよ」とわたしは言ったが「いえ、ダメです」と後輩が笑った。おごられたくないタイプなのだ。恋人と来たときはいつも自分が出していた。だから後輩がそう言ってくれたのがうれしかった。
後輩とは対等な関係で、自分もそうしたいと思っているのを実感した。そのあとも共通の趣味の術館に行ったり、知り合いとの関係で悩んでいたことを相談をしたり、誕生日におめでとうと言ったりする、そんな関係になった。社会人になって初めてできた友人とも言える。これも想像していなかった未来で後輩には感謝しかない。
そのあとマッチングアプリで出会ったUさんと付き合い始めた。はじめてのデートは無印良品のカフェだった。話してみると、すなおな人で言葉がかわいい。会社のことを聞くと「働いていないおじさんがいるの」と言っていた。音楽や小説、食べ物の話をした。後輩との関係のおかげで、「恋人がほしい」ではなく「この人と付き合いたい」と思うようになったのだ。
UさんとCafe 1894に行ったときは三菱一号館美術館の工事が始まろうとしているタイミングで工事前の最後の機会だった。UさんもCafe 1894の内装やクラシックアップルパイを気に入ってくれた。笑顔をみるたびに自分とUさんの関係を大切にしたいと思った。
「いくらだった?」とUさんが聞く。金額を答えると「はい」とお金を渡してくれた。
「ありがとう」と言って、2人で手をつないで東京の空の下へと歩き出した。
同じ部屋で暮らすようになると「ちょっと体調悪そうだから野菜多めのレシピにしよう」とか「寒そうだから暖房つけとこう」と自分がやさしくなれる事に気がついた。2人を幸せにしたいと願うようになった。そして、この人といっしょにいたいなと純粋に思えた。
結婚。そんなイベントが自分に起きるとは想像もしていなかった。まだ実感はわかない。それでも家族になりたいと思える人に出会えた。それだけでもう十分かもしれない。
ここまでも良いことばかりじゃなかった。でも振り返れば良いことだと思えるように歩いてこれたと思う。
だから、あのときは知らなかったけどたくさん良いことあったよ、と伝えたい。