通り過ぎていったメンヘラたち③(前編)
ガチの不良、エロの権化に続いて、最終回は瞳の住人である。トラウマという言葉をたやすく使いたくはないが、筆者にとっては人生で唯一の、限りなくそれに近い体験となっている。
彼女と別れたあと、訳あって記憶のすべてを獄門疆に封印し、マリアナ海溝のチャレンジャー海淵に沈めた。しかし、贖罪の意味を込め、ホラス・スラグホーンの恥ならぬ松田鏡一の恥として、今回それを解くことにする。
18禁ではないが、またも5000字を超えたので3回に分ける。
3. 瞳の住人
プロフィール
【出会い】リアルタイムチャット
【年齢】2コ下
【性格】ハイテンション
【属性】アーティスト(自称)
【特技】作詞(自称)
彼女のことを回想すると、村上春樹のノルウェイの森を思わせる鬱々とした感情が甦ってくる。よって、以後便宜的に「直子」と呼ぶことにする。
なれそめ
直子とは自由参加型のリアルタイムチャットで知りあった。ノリがよくてキャラが面白かったのと、家も世代も近かったのとでウマが合い、ちょくちょく個別でもやりとりするようになった。ただ、最初はあくまでチャットルームに数多く参加するメンバーの一人という認識でしかなかった。
実物の直子に初めて会ったのは定期的に開催されていたオフ会である。直子はオンよりもオフの方がむしろ明るく開放的で、かつ顔から体形から何から筆者の好みにドンピシャだった。完全にスマッシュヒットである。どげんかせんといかん!©東国原英夫
そこからはスピード&チャージ(feat. 長嶋茂雄)でサシ飲みのアポをとり、本音でハシゴ酒で距離を詰め、カラオケボックスで脳にしかと刻まれたフレーズをトレースして声に出す歌唱法でさらに接近した。感触は悪くない。そして古の秘技「終電逃したわ、どっか入ろ」の術を繰り出し、めでたくクエストを攻略した。3150(サイコー)だった。
≠略奪愛
当時直子には別に男がいたのだが、意外とすんなりこちらに乗り換えてくれた。筆者のポリシーとして、法律に抵触する不貞行為には絶対に手を出さない。一方、法的な拘束力のない交際関係であれば、そこは弱肉強食の自由競争だと考えている。
逆もまた真なりで、いつ誰に鞍替えされようとも文句は言えない。それが嫌なら、交際相手には誠意の限りを尽くし、お互いにもっとも大事な存在であるという共通認識を深める努力を欠かさないことだろう。ええこと言うた!ワイ今ええこと言うた!
ちなみに、直子は性獣ではなかった。ほっ…。彼女は不二子とは異なり、どちらかと言うとオープンでスポーツ系のまぐわいを好んだ。わざわざそんなゲスい分析しなくていいって?まあそう堅いこと言うな。スタイルの違いは語っても、優劣を比較しないのが男としての矜持である。
なんか様子がヘンです…
しかし、付き合いがスタートしてしばらく経つと、直子の挙動に異変が生じはじめた。当初からテンションの高さは目立っていたが、感情や行動のコントロールが難しく、衝動を抑えられない場面が日に日に増していったのだ。
こやつは明らかにおかしい、何か重大な疾患にかかっている…と感じたのはそのすさまじい虚言である。親戚に宇宙飛行士がいる、宝くじで大口当選して豪邸が建ったなど、息を吐くようにバレバレのウソをつくのだ。え?話盛ってるんちゃうかって?天地神明に誓ってほんとの話である。
いやいや、お前の父ちゃん零細町工場の作業員(確実な消息筋から仕入れた情報)やん!そんな血統から宇宙飛行士が誕生するわけないやん!すまん、町工場の作業員を貶める意図はない。確率の話をしている。
そして、普段の会話においても意思の疎通が困難になっていく。支離滅裂で要領を得ず、道理もへったくれもないのである。例えるなら、起承転結のうち2つだけをピックして上下左右ランダムに繋げて話す感じ…って、わかる?わかるわけなかろう。それぐらい意味不明だということを言いたかった。
とにかくこれはそんじょそこらの生やさしいアレじゃないぞ、もしやパンドラの箱が開いてしまったのでは…と心のざわつきが収まらなかった。
自信が確信に変わった
そうして得体の知れない恐怖を抱えたまま時が過ぎ、ついに決定的なできごとが起こる。大事な話がある、と珍しく深刻な面持ちで現れた直子が、しばし沈黙ののち、意を決してこう言った。
「実はな、わたし…L'Arc~en~Cielのゴーストライターやねん」
ファッ!?えーと…な、なんて?ゴールドライタン?超合金か、懐かしいやん。ワイも子どもの頃に持ってたわ。少々のことでは驚かない筆者も、この発言には度肝を抜かれた。や、どこからどう見ても純血の、由緒正しいフリーターやんか。詞なんか書いてるとこ見たことないけど…
そう言えば、元カレが売れないバンドマンだったという話は聞いていた。なんやねん売れないバンドマンって。虚構の世界やのーて、そんな奴ほんまに実在するん?するらしいんよ、これが。そりゃまあ売れないお笑い芸人が山ほどいるんなら、売れないバンドマンも同様だろう。
元カレは慢性的に金がなく、精神が不安定で、女をとっかえひっかえしていたらしい。傷つきながらその彼を支えていくことの疲弊と、反面成功してほしいっていう期待とで、直子を形づくるいろんなものが錯綜し、壊れてしまったのか?
筆者はこのように現実と妄想の区別がつかなくなった人に覚えがあった。親友の叔父である。妄想に取りつかれて暴れ、何度も警察の世話になり、入退院を繰り返していた。彼にはれっきとした精神病の診断が下っている。病名は統合失調症だ。きっと直子も…そう考えるとすべて合点がいった。
中編へ続く。