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英訳のお仕事


素敵なものは日常にある。
そんな思いで世界中を旅される写真家、T.T.Tanakaさんの写真には、風景と人物の境目がないように思います。
そこがとても心惹かれるところです。

11冊目の写真集、ENCOUNTERS Ⅺ Together in Four Seasons(わたしたちの四季)が刊行されるにあたり、写真に付されたキャプション(エッセイ)の英訳をさせて頂くという幸せな機会に恵まれました。

もちろん、英訳だから一人ではできません。意味が通じるだけの訳なんて何の価値もない案件です。
でも、ロンドン大学SOASの翻訳修士課程で同期だったEcre Karadagちゃんと、ずっといっしょにPEACHの機内誌英訳の仕事をしていたので、二人ならできるかもしれないと、お受けすることができました。

翻訳って、一人でこなせなくて、それって翻訳者と呼べるのか?
何となく考えたことはありますが、私は今のやり方でじゅうぶんだと思っています。クリエイティブな翻訳になると、どうしても双方のネイティブの思考が必要になります。私がとにかく解釈して、文脈を読んで、あれこれ調べた上で妥当と思われる英語に訳し、不十分なところは英語でこれでもかと説明をつける。だから、下書き段階のGoogle Docは毎回コメントだらけ笑

それをEcreちゃんが読んで、解釈して、よりふさわしく美しい英語に直してくれます。とても私の書ける文章ではないものが返ってくる。

でも理解できるし、その正しさがわかるから、Ecreちゃんの答えを見るのはいつでもすごく楽しいです。それをまた読み込んで、ちょっとニュアンスが違う、となると、またコメントを返す。時差と闘いながら、毎回そんなことを繰り返しています。

だから、互いの言語に対する理解度はどんどん上がっていく。でも、やっぱり一人でできる作業ではないのです。むしろこういうチームワークを身につけたからこそ、クリエイティブな翻訳をどうにか請け負えるようになった、という実感があります。

でも、ただネイティブの相手を見つければいいというのではない。
Ecreちゃんはずっと、かれこれ四年、私が "The Gift of Rain" を翻訳する上で解釈に困る部分にかんする質問への回答を、心から楽しんで作ってくれています。ワードに私が書き連ねた英語の問いに、これでもかというほど丁寧に答えてくれる。疑問が残ったら、追加の質問にも答えてくれる。その量、ワードでたぶん50枚は越えている。二人とも文学が好きで、物語の解釈に興味があるから続けられる。

私もたまに逆のことをするけれど、今のところ、圧倒的にこちらが助けてもらっています。いつか訳書が出せたらちゃんと御礼をしないと。
なぜこんな素晴らしい相手に出会えたのだろうと、いまになって不思議に思うほど、彼女はこの地球上で唯一無二の親友なのです。在学時に、実際に話した記憶はほとんどないのだけれど笑

だから、こんな楽しい仕事を一緒にできて、彼女も楽しんでくれて、とても嬉しいです。

ENCOUNTER Ⅺ
主に地域ごとであったこれまでの写真集と異なり、世界中から集められた、四季を感じる写真たち。写真展にはこんな美しいディスプレイも💙✨

そこに付されたT.T.Tanakaさんのキャプションには、詩的で静謐な文章と、田中さんの声で語られた温かみのある文章の二種類があって、

より工夫が必要だったのは、田中さんの声が反映されている文のほうでした。優しく語りかける、飄々とした口調。
全体として、登場人物や動物、植物、自然への愛情がとても感じられる文章で、ひらがなや擬態語が多用されているから、ほとんど翻訳は不可能なのですが…

写真展のカバーにもなっている「宝物拾い」

そうなの。ビーチに落ちているものは宝物なんだもんね。
ずーっとずーっと手に取って遊んでいると
一気にお日様が傾いていく・・

I know. Everything you find on a beach are treasures.
You'll keep searching and plucking and dreaming as the sun sneaks down behind you. I know.

ENCOUNTERS Ⅺ  Together in Four Seasons

そうなの、とか、だもんね、とか、男の子の気持ちになって「そうだよね〜」と言っている優しさが、どうしたら伝わるのだろう。伝わっていないかもしれないけれど、I knowを二回くり返したのは、そういうわけだったと思います。あとは「ずーっとずーっと」のところ、私の感覚だと 'never stop〜‘ だったけれど、これをEcreちゃんは、’You’ll keep searching and plucking and dreaming’ としてくれました。「ずっと感」をリズムで表し、さらに原文にはない 'dreaming' を入れて、「ずっと手に取って遊んでいる」の本当の意味を忍ばせている。原文の最後は「・・」だけれど、これを英語で多用すると、日本語とはちょっと違って、鬱陶しい感じになるおそれがあるのだとか笑

一番困ってほぼ丸投げしたのは、

かわいい花弁がまあるくピンク。
a pretty pink, simple egg-shaped elegance.

ENCOUNTERS Ⅺ  Together in Four Seasons
かわいくまあるい・・

意味は簡単だけれど、こんなに英語にならない日本語もない笑
このまるまるっとしたかわいさを出すのは不可能だし、Tanakaさん独自の形容詞と副詞の組み合わせは素敵で、そして言葉になりません……でも写真の寒桜は本当にかわいい。可愛いじゃなくて、かわいい笑
”simple”は、この「かわいい」には必要な要素でした。その上で頭韻法も使って、美しくまとめてくれたEcreちゃんに感謝しています。

そういえば "simple"って、本を訳しているときに毎回困る単語なのだけれど、案外この辺りにヒントが隠れていたりして……?


猫さんの出てくる写真があります。

「僕の足音きいて、よっこいしょと顔出し」

ENCOUNTERS Ⅺ  Together in Four Seasons

やっぱり日本語は主語がなくても成り立つけれど、英語には主語が必要。

猫さんに目線を合わせた愛情あふれる写真。
これは "it" ではなかろうという話になり、Tanakaさんに猫の性別(想定)を伺いました。この写真の場合は、おじいちゃん猫だということに。それをイメージしながら、"he" で訳しました。

お盆過ぎて・・
summer’s out

夜が明けた・・
at daybreak

いい波だった・・・
The waves were so good…
great waves

ENCOUNTERS Ⅺ  Together in Four Seasons

全部、写真のタイトルです。
さっき書いた通り、日本語の「・・・」と英語の "…" は同じ効果を持ちません。

だからこんなふうに、一見そっけないタイトルになるのだけれど、私はこの端的な英語のタイトルが大好きです。特に小文字が、良い意味での無機質さ、静謐さを醸している気がして。日本語の効果とは、ちょっと違うけれど。

最初はタイトルの大文字小文字を使い分けようという話がありました。具体的には、詩的なタイトルは小文字で、田中さんや登場人物が直接話しているような場合には、普通に大文字で始める。
けれどもそれだとややこしい。猫が喋っているのは小文字にしたくなったり笑、こういう工夫は、結局のところ理解されず誤植に見えたり、翻訳者のこだわりが見えすぎて鬱陶しかったりする。伝わらないこだわりには意味がない。だから、小文字で統一しようという話になりました。

一方、PEACHの機内誌では、店の名前やらがおしゃれに小文字になっていたりしても、大概の固有名詞は大文字始まりで統一しています。
そこらへんの、何が変で何が変じゃないかというのは、非ネイティブでは判断しようがなくて、だから事あるごとにEcreちゃんを質問攻め笑
本当に勉強になります。

Together in Four Seasons

「わたしたちの四季」の訳には、色々な候補がありました。

Our Four Seasons・Our Seasons・Our World in Four Seasons ・Us in Four Seasons・Us and Four Seasons ・Four Seasons Together・Four Seasons, Together・Together in Four Seasons

最後に出てきたのが、これだ!と。笑
一番自然で響きが良いと。響きの良さという点はわかる気がする。Tanakaさんの写真から感じるもの、人物や(植物含めた)生き物、果ては空や雲にまで及ぶ親近感と、"Together"という言葉がぴったりだと感じました。

今回の写真展では、目の不自由な方に対する試みも行われています。

写真展なのに、一体どうやって? と思いますよね。Tanakaさんは、全盲の方が会場にいらした際に、写真に触れてもらい、いま何に触れているのか、それがどんな光景を写しているのかを、一つひとつ説明されたそうです。一緒に写真を通して旅をして、とても喜んでいただけたとか。
そんなエピソードを伺ったとき、"Together"という言葉に "誰も置いていかない" という意味が宿ったような、嬉しい気持ちになりました。

こちらの写真展は、竹下通りのギャラリーハセガワで、7/12(水)まで行われています✨
写真そのものの美しさは言葉では語りきれないので、ウェブサイトのギャラリーも覗いてみてください^^
私は青い感じの写真が大好きです。

https://encountersweb.com/gallery/

ENCOUNTER Ⅲ Greenland ‘Frozon Summer’
ENCOUNTER Ⅲ GreenLand ‘出船’



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