【しんけい #8】視線入力から脳波へ、歴史は繰り返す
今井 啓二さん(後編)
(前編から続く)
ALS(筋萎縮性側索硬化症)※など難病患者や重度障害者の方のコミュニケーションをICTを活用して支援するNPO法人『ICT救助隊』を立ち上げ、ALS患者がPCディスプレイ上の文字に視線入力することで意思表出を図る『意思伝達補助装置』など、多くのコミュニケーション機器の発展を見てきた今井さんに、技術的な側面からも聞いた。
実は、視線入力することで意思表出を図る『意思伝達補助装置』が多く出てきた背景には、福祉業界ではない、アイトラッキング(視線計測装置・視線追跡・視線カメラ)技術の世界最大手であるTobii社の存在が大きく影響している。
もともとはゲームの中で深い没入感を実現するために発展してきたアイトラッキング技術が安価に登場してきたことで、福祉分野にも応用できないかと研究が発展し、福祉分野以外からも参入が進んだのだ。その結果、先行していたTobii社自身の『意思伝達補助装置』も低価格帯の機種をラインアップした。
今井さんがもう少し俯瞰して話してくれた。「インターネットが登場して多くのHPができて、それに取り組んだ企業は、障害者対応を目的にしていたわけじゃない」。でも、結果的に、「障害者もそのテクノロジーの恩恵を大いに受けた」。逆に、もし「“障害のため”から始めていれば、広がらなかっただろう」。
『意思伝達補助装置』は、今はPCに載っていることがほとんどだが、iPadにつなげられる視線入力センサーも出てくるなど、「今後はタブレットに移っていく」。世の中のアプリ製作者が「(障害のある方にも応用できる)可能性に気付きさえすれば、どんどん発展していくはず」と、今井さんは期待する。
例えば、天井の端を見たら電気が消える、眼球が動いたら部屋の電気が点く、テレビの前に座るのではなく自分の目の前に画面が出てくる。ALS患者の不自由をヒントに、「そうではない人にとっても広く便利なものが生まれてほしい」とも考えている。
視線入力センサーの次に期待される技術として、今井さんは「生体信号」を挙げた。「まだまだ使えるレベルではないが、いずれ当たり前になっていく」ことを確信している。
ALS患者の場合、仮に指先も視線もどこも動かなくなったとしても、頭はしっかりしている。そのため、脳波を読むことで、顔色を読むように「相手の嬉しい悲しいの気持ちを汲み取れるだけでも違う」。
今は脳波を取ろうとすれば、その装置は非常に高価で、実用になる民生用に落とし込めていない。しかし、前述の「視線入力センサーも、最初はそうだった。(安価になるのに)10年かかったが、次はもっと短いスパンになるのではないか」と、期待は大きい。
そんな今井さんからふと、技術発展の前提を確認するように、「赤ちゃんは言葉を話せなくても、周囲は一生懸命にコミュニケーションを取ろうとする。でも、一度言葉が話せるようになるや、それに頼りすぎるのはなぜですかね?」という疑問を投げかけられた。
続けるように、「目は口程に物を言う」ということわざを使う「日本人こそ、非言語コミュニケーションをうまく使ってきたはず」だが、それが日本で失われてきているのではないかとの懸念も吐露された。
そう投げかけられた私なりの理解は、こうだ。言葉を話せなくなったALS患者さんでも、前述の脳波など言葉以外の方法でコミュニケーションや“関係性”を構築することができたら、それはもしかしたらALS患者以外でも非言語コミュニケーションを通じた“関係性”を補完するテクノロジーにもなり得るかもしれない。
第1話及び第2話でご紹介した伊藤さんも、今井さんが立ち上げた『ICT救助隊』に参画したことをきっかけに、難病・重度障害者のコミュニケーション支援に取り組むようになり、「難病・重度障害者が発見(体験)した課題の数々は、テクノロジーや社会制度を成長させてくれる」という強い信念をお持ちだった。
前編でご紹介した今井さんのようにあくまで患者さんに向き合い続ける中から、新しいテクノロジーや社会制度を動かしていく人や取組が増えていく。それが理想だ。
今井さんは最後に、将来、ICT救助隊が必要なくなり「救助隊なくてもうまくいくじゃん」「昔救助隊ってあったらしいよ」と言われることが『ICT救助隊』の目標と話してくれた。そのために、これからも今井さんのご経験から、引き継ぐ者たちやさらに発展させる者たちへの種をまき続けていただきたい。
▷ ICT救助隊
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