ピンチをアドリブで乗り越える技 88/100(スピーチ5 -弱強五歩格)
自問自答を繰り返しながら、
アドリブと演技の関係を
追求していってみようと思い立ちました。
100回(?!)連載にて、お送りします。
他にカバーしておきたいことが多すぎて、本題の、壇上を左右に歩き回るスピーチについての考察が先延ばしになってます。
いつの間にか第5回になってしまいました…
そもそも、ピンチに陥りやすいシチュエーションの一つとして、スピーチという題材をケーススタディー的に取り上げ、これまでの総集編というか、まとめとして取り扱うつもりだったのですが、関連事項に関する言及が多くなってしまっております。
実は今日も、
左右に歩き回るお話をする前に、「弱強五歩格」についてお話ししなくてはいけません!
シェークスピアに代表される、英語の古典のリズムの一つとして代表的なのが、「弱強五歩格」です。
日本語でいうところの、五七五七七と捉えていただいていいと思います。
詳しい解説は避けますが、
タ、ダン、タ、ダン、タ、ダン、タ、ダン、タ、ダン
というリズムが、古典英文の定型になっていると思ってください。
そして、それをあえて外す、字余り的な表現も多用されています。
ここで重要なのは、英語は強弱が主だということです。
弱、強、弱、強、弱、強、弱、強、弱、強
これが基本です。
さあ、それに比べて日本語はどうでしょうか?
日本語は、強弱よりも高低、音楽的な抑揚を重要視します。
「古池や 蛙飛び込む 水の音」
これを、強弱で
「フ『ル』イケ『ヤ』 カ『ワ』ズト『ビ』コム ミ『ズ』ノオ『ト』」
とは、詠みません。
でも、英語で話すときは、この強弱が、左右に歩き回るリズムとよく合うんです!
はい、やっとこの話題につながりました。
足のステップを、この「弱強五步格」を基本としたリズムに合わせることが出来ます。
しかも、言わずもがな、英文というのは、左から右に書くことが基本なので、横移動に向いているのではないでしょうか?
それに対して、日本語は縦に読みます。
強弱ではなくて高低の音調の言語です。
しかも、身体性は螺旋ではなくて、板バネですね?
そう考えると、欧米の左右に歩き回るスタイルが、日本語に適しているのか?
という、疑問が出てきます。
能狂言の最も古い原型、つまり日本の舞台芸術の中で最も古く現存している身体表現、その上、神事とされている『翁・三番叟』の動きは縦移動です。
「とうとうたらり」という、呪文のような謡を含む芸能なんですが、この演目は重心が下がっていている、『漲る静止』と観客に近づいたり離れたりするような縦の動きを軸としています。
能舞台では、正面の観客に近い位置を「低い」、観客から離れて舞台後方の位置を「高い」と表現します。
じつは、英語でも同じく「Down Stage」「Up Stage」という言い方をするのですが、これは舞台に傾斜がある状態。
専門用語で言うところの「八百屋」(観客から見て、手前に傾斜している)という舞台構造からきています。
能舞台には傾斜がないので、それでも舞台上の縦の位置関係を「前後」ではなく「高低」で表現するのは、興味深いところです。
西洋演劇から輸入されてきた、近代の表現である可能性もゼロではありませんが、なぜか日本では舞台上の前後を高低で表現していたと思う方が、魅力的じゃないですか?
さあ、それならば。
日本語でのスピーチは、左右に歩くのではなく、能狂言的な縦の表現を活用してみるのも、面白い試みかと思います。
例えば、能狂言では、舞台の中心後方から、観客に向かって真っ直ぐに迫ってくるという表現を多用します。
また、四角い舞台上を、反時計回りに、三角形に使って一周廻るという動きも多いです。
もちろん、観客から見て、右前方まで来た演者は、真ん中に戻るために背を向けるのですが、そのぶん、中心で135度向きを変えて正面を向くときのインパクトは強いです。
そこに、「序破急」が加われば、非常に効果的な演出となります。
日本語でのスピーチをするとき、「弱強五歩格」が生きる左右移動ではなくて、日本古来の身体表現を応用した、独自のスピーチ・ムーブメントを、私は見てみたいと思うのですが、
皆さんはいかがでしょうか?